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2026-01-06 12:29:00

真実を観る眼力 92 人生の選択③ 「間」とは何か?

『正しく選択するために、反応が持ち上がった瞬間に間を入れる、「間」とは』

「間」とは、正しく選択するために必要な、反応に即座に従わない為の中断・保留・非反応の体現であるのですが、個々の人間力により「間」を体現する能力にも違いが生じ、結局のところ自分と共鳴するものを選択してしまうのでは?という疑問が生じます。

 

『なぜ人は邪悪に惹かれ「悪いものを選び続ける」のか』

間に入ると、

  • 空虚
  • 無価値感
  • 不安
  • 自我の溶解感

が一時的に現れます。

多くの人はこれを

「悪い感じ」

「危険」と誤認し、

慣れた共鳴(たとえ苦でも)に戻りたがります。

この世界は、共鳴(共鳴したものが引きつけあう世界)により生じる現象世界であるがため、

結果、「間に“耐えられない”」で、同じもの(自分と共鳴するもの)を選び続けてしまうからです。

👉 人は“善悪”ではなく、“慣れ”に共鳴する

 

『共鳴は「何かを選ぶ前」にすでに起きている』

多くの人が見落としている点。

共鳴は、

  • 選択の瞬間
  • 判断の場面

で起きているのではありません。

もっと前です。

自身の、

  • 身体の緊張度
  • 呼吸の浅さ
  • 視野の狭さ
  • 内的語りの質

これらがすでに「どの世界と共鳴するか」を決めています。

つまり、

共鳴は自分自身の“存在の姿勢”(存在のあり方)そのものであり、

意志決定(選択)ではないということです。

 

『「間」に入った瞬間、共鳴は停止する』

ここが核心です。

🌟真に体現された「間」では、

  • 欲望が止まる
  • 恐れが止まる
  • 自己像が止まる

共鳴のアンテナ自体が一時的にオフになる

この状態では、

✔善悪を選んでいない

✔良し悪しを判断していない

にもかかわらず、

以前なら“自然に惹かれていたもの”に

まったく引力を感じなくなる

という現象が起きます。

これは幻想ではありません。

 

『間=見極めではない』

多くの人がこう考えます。

反応が起きる

間を入れる

正しい/間違いを見極める

しかしこれは思考構造としては誤りです。

 

なぜなら、

正邪

善悪

正誤

良否

これらはすべて

👉 観念・概念・社会的文脈の産物、だからです。

 

この識別が始まった瞬間、

すでに脳の評価回路が再起動しています。

つまり、

識別で見極めようとした時点で

すでに「反応」に戻っているのです。

 

「間」とは識別能力ではありません。

識別が始まる前に成立している“空白の位相”です。

 

『真の「間」とは何か』

真の「間」とは、

  • 判断しない
  • 比較しない
  • 正当化しない
  • 意味づけしない

何もしていない状態です。

しかしこれは、

✔ ぼーっとする

✔ 無責任になる

ことではありません。

むしろ、

感覚だけが澄んで残っている状態です。

 

「間」とは選択を“良くする技術”ではありません。

「共鳴構造そのものを変質させる状態」であるです。

 

『なぜ人によって「見極め力」に差が出るのか?』

差があるように見える理由は3つあります。

① 間に「留まれる時間」の差

多くの人は、

0.2秒で思考が再起動

快・不快で即決

一方、熟練者は、

数秒〜数十秒

無判断のまま留まれる

👉 留まれる長さ=見極めの深さ

 

② 身体の緊張度の差

身体が緊張していると、

脳幹優位

防衛反射優位

となり、「間」が潰れます。

👉緩んだ身体ほど 「間」が自然に広がる

 

③ 同一化の癖の差

「私は正しい」

「私は損をしたくない」

「私は善人でありたい」

👉これらへの同一化が強いほど、 間は一瞬で消えます。

 

④ 識別能力は「後段」に現れる

重要な順序はこうです。

反応が立ち上がる

✅ 間が生まれる(非反応)

✅ その後で必要最低限の識別が起きる

つまり、

正邪善悪を見極める力は

間に入ることで“自動的に整列する”

鍛えるものではなく、 邪魔を取り除くことで自然に現れる

 

『身体で体現する「間の保持」実践』

実践①「足裏に間を落とす」

反応が出た瞬間、

✅ 視線を下げる

✅ 両足の土踏まずに体重を均等に乗せる

✅ 足指を微かに開く

これで、

頭部評価回路が沈み

身体感覚が前景化

👉 「間」が自然発生します。

 

実践②「呼吸で間を拡張」
✅ 吐く:7

止める:1

✅ 吸う:自然

 止める1が重要です。

ここが「間」です。

 

『「間」の見極めが「正しい」と感じられるサイン』

正しい見極めは、

✔ 納得感ではない

✔ 高揚でもない

✔ 勝った感じでもない

代わりに、

  • 静か
  • 余韻が残らない
  • 後悔が生まれにくい

身体的には、

  • 首が前に出ない
  • 下腹が温かい
  • 肩が下がる

交感神経優位から副交感神経優位となるからです。

 

『善悪判断を手放した先に残るもの』

善悪を手放すと、無秩序になるわけではありません。

むしろ、

その場に最も摩擦の少ない行為

が自然に選ばれます。

これは道徳ではなく調和です。

 

『まとめ(核心)』

🟥「間」とは、正しさを探す空白ではない。

🟥 正しさが“歪まずに現れる余地”である。

🟥 人による差は、 能力差ではなく滞在時間差(間に留まる)。



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2026-01-04 17:50:00

真実を観る眼力 91 人生の選択② 正しい選択、「間」をつくる

人の選択の根源は、自分が選択しているようでいて、本当は脳の反応に沿った選択をしているということでした。

人は「選択している」のではなく、多くの場合「脳の反応を追認している」これは脳科学的にも事実です。

そして同時に、それでもなお、人は“自由”を取り戻す余地がある

ここが核心です。


1. 脳は「先に決めている」— 実験の正体

この実験は、リベット実験系といいます。

被験者が「選ぼう」と意識する、

その数百ミリ秒〜数秒前に運動野・補足運動野が既に活動している。

つまり、

「私が選んだ」と感じる前に

脳はもう準備を終えている

これが事実です。

ここから導かれる重要な点は、

「意識は決定者ではない」ということです。

 

運動命令を伝えるメカニズム:pdf 運動野.pdf (0.52MB)

 

2. では「自由意志」は幻想なのか?

ここで二極化が起きます。

自由意志は幻想だ

いや、人は主体的に選んでいる

この対立は、前提が間違っているために起きます。

 

自由意志=

❌「脳が決める前に、意識が決めること」
ではありません。

 

3. 正確な構造:選択は3層で起きている

選択は次の三層構造で起きています。

① 反射層(脳の自動反応)

  • 本能
  • 記憶
  • 条件付け
  • 報酬回路
  • 恐怖回路

👉 ここで「選択肢A」が浮上する

(本人は気づいていないが、「選ぼう」と意識するその数百ミリ秒〜数秒前に運動野・補足運動野が既に活動し、すでに選択している

 

② 意識層(追認・物語化)

「自分が選んだ」と感じる

理由を後付けする

正当化する

👉 ほとんどの人はここで止まる

 

③ 介入層(中断・保留・非反応)

脳が反応し、意識が選択したと感じても

  • 今は決めない
  • 動かない
  • 従わない

👉 ここが「自由」の唯一の入口

 

4. 自由意志は「選ぶ力」ではなく「止める力」

実は、脳科学でも一致している点があります。

人は「何を選ぶか」は先に決まるが、

「それに従うかどうか」は止められる

これはベトー(veto)と呼ばれます。

脳が「やれ」と言う

でも「今はやらない」は可能

 

自由意志とは

👉 反応に即座に従わない能力です。

 

5. では「正しい選択」はどう生まれるのか?

「正しい選択」は、

脳が決める

意識が考えるのではなく、

反応が立ち上がった瞬間に「“間”」を入れられるか

で決まります。

 

6. 身体を使った「"間"」の作り方(核心)

この「間」は思考ではなく身体操作でしか作れません。

この間の作り方が、真実を観る眼力 91『正しく選択するための体現』で紹介した、実践1です。

 

✅ 実践1:「選択前の3呼吸・ゼロポジション」

何かを決める前に必ず行う身体操作

  • 口を軽く開く
  • 息を吐き切る(6秒)
  • 吸うのは自然に任せる(努力しない)

これを3回

ポイントは

 👉 胸を使わず、下腹と背中が同時に緩むこと

 

さらに、上の呼吸法に次の身体操作を加えると、一層、反応からの選択を無効化しやすくなります。

 

✅ 実践1+α:「反応を無効化する0.5秒」

  • 反応(衝動・快・嫌悪)を感じたら
  • 即、吐く(長く)
  • 目線を少し下げる
  • 舌を上顎から離す

 

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これだけで、

補足運動野の暴走が止まり

報酬回路が沈静化し

「選ばされる流れ」が切れます。

その後に浮かぶ感覚は、

静か

判断がない

どちらでもよい

この状態から出た行動は、

反射ではなく、調和行動です。

 

7. 最重要な誤解を正す

「脳が先に決めているなら、すべて決まっている」これは誤りです。

正確は、

  • 反応は決まる
  • 同一化は選べる
  • 追従は止められる

人間の尊厳は

「選択肢を生む力」ではなく、

反応に巻き込まれない力にあります。

 

8. まとめ(核心)

人は「選んでいるつもり」で

多くの場合、脳の反射を追認している

自由意志は幻想ではないが

「選ぶ自由」ではない

 

自由意志とは

🌟 反応を止める自由

正しい選択とは

🌟 身体が歪まない選択



2026-01-04 17:31:00

真実を観る眼力 90 人生の選択① 快と不快、「正しい選択」とは?

『人生とは選択の連続』

私たちは日々の生活においても様々な選択をしています。食べ物、着るもの、仕事の段取り…etc、

とうぜん人生に於いての岐路では大きな選択をして、自身の人生を構築します。

生きる事とは、正に選択の連続です!

しかし本当に私たちは自らの意志で選択しているのでしょうか?

自分の意志した行動を普段取っているかについては、行動には一定のパターンがあり、この行動パターンは脳の潜在下(常識・先入観・概念・観念など)にあるものを適宜適切にくみ上げ、それに沿った反射的な行動を取るのが「人間の行動」実態という事が脳生理学・脳科学的な知見・エビデンスからもわかっています。

つまり行動は予め決まった(推測可能な)、意志でない脳からの反射活動であると結論付けられます。

このように「行動」以前の「選択」する事においても、自身にとって「快」に感じるもの=「本能的なもの、自分の欲求を満たすもの、満たされるもの、自ら利になるもの(利害)」を、反射的に選択している可能性があります。

人生において選択する自由、

自らの意志に基づいて行動する自由、

も無いのであるならば、人生は予測可能な反射的で、受動的、自由の無い、退屈なものという事になってしまいます。

 

『脳生理学的な選択』

脳生理学的には何を「快」に感じて、何を「不快」と感じているかにより選択されます。

しかし、何を快感として感じ、何を不快感に感じるかには個人差があり、正に感性の問題でもあります。

 

放射線医学総合研究所である興味深い研究が行われました。

平均年齢が22歳の男女19人に参加してもらい、「かつての同級生が社会的に成功して羨ましい生活を送っている」シーンを想像してもらいました。

この時、脳部位の活性をみると前頭連合野の後にある「前帯状皮質」でした。

この部位は不安や不快な情動、苦痛の時に活性する脳です。

次いで、「その同級生が不慮の事故や相方の浮気で不幸に陥った」事を知ったときに活性された時の脳部位は「前帯状皮質」のかわりに報酬系の脳「側坐核」でした。

「側坐核」は心地良いと感じる時に活性する快感を感じる脳です。

 

 

 

「報酬系」:とは、ヒト・動物の脳において、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快の感覚を与える神経系です。

ドイツ語でこのような感情を表す言葉をシャーデンフロイデと言います。

シャーデンフロイデ(独: Schadenfreude)とは、他者の不幸、悲しみ、苦しみ、失敗を見聞きした時に生じる、喜び、嬉しさといった快い感情。ドイツ語で「他人の不幸(失敗)を喜ぶ気持ち」を意味する。日本語で言う「ざまあみろ」の感情であり、日本でのシャーデンフロイデの類義語としては「隣(他人)の不幸は鴨(蜜)の味」、同義の「メシウマ(他人の不幸で飯が美味い)」という俗語が近い物として挙げられます。 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

他人の不幸(失敗)を喜ぶ気持ちは大変に卑しい心と顕在的には思ってはいても、それは本心で無い事を正直に反応する脳が露呈する結果となったのです。

 

『ヒトにより、快・不快に感じるものは異なる』

ヒトにより、快・不快に感じるものには違いがあります。

あるヒトは、他者を罵倒し貶め、自然が破壊されても、自分の利となれば快感、極端な例ですが…。

しかしながらシャーデンフロイデは誰しもの本質的な心に潜む邪悪さでもあります。

「快」に感じるものとは、本能的なもの、自分の欲求を満たすもの、満たされるものでもあり、これが快・不快の個人差ともなります。

一方、「快」・「不快」に感じるられるものとは個々の感性の違いにもよるものなので、ヒトによっては同じ事象でもそれが「快」ともなり「不快」ともなります。

ヘビメタ好きな人が、その音楽を聴けば脳は「快」となり、クラッシック好きな人は「不快」な反応が現れるでしょう。

 

『正しく感性を働かすとは』

正しく感性を働かすという事は、脳においては最も精緻正確な「快」情報であるとも言えます。

では、正しく感性を働かすとは?

しかし「快」・「不快」に感じるのは思考(前頭葉)でなく、感性(頭頂葉)なのですから、正しく感性が機能(頭頂葉)していれば正しい選択をするということになり、正しい感性からの反射的、直感的な選択は、結果、「正しい選択」である、ということになります。

つまり、「正しく感性が機能していれば正しい選択をする、正しい感性からの反射的、直感的な選択は、正しい選択である」

これは、脳生理学・脳科学的な知見・エビデンスから導く推論です。

 

正しい感性が正しい「選択」を導くならば、迷いも少なくなるため(思考による彷徨いが減るため)定めた目標を達成する確率も高くなるでしょうし、、、、!?でも、失敗は成功の基でもあります。

正しい感性とは、常識・先入観・概念・観念・エゴイズム・主観(前頭葉)から切り離された、「ありのままを素直に感じられる」真心頭頂葉)がもたらす感覚とでも言うのでしょうか!

 

しかしながらほとんどの場合、「我(エゴ)」というフィルターを通し感じているがため感性の純度は低く、このような感性からの「快」・「不快」情報は自身の欲求・欲望・執着・利害を反映しているがために、自分の都合がイイように感じているだけなのかもしれません。

それを証拠にヒトの不幸を喜ぶシャーデンフロイデが、側坐核(快を感じる脳)を活性化させる。だれしもの根源的な心にエゴイズムが横たわっています。

 

『正しい選択とは』

「正しい選択とは」は、感情や快・不快を“消す”ことではなく、快・不快が生まれる前の“静かな感知点”(ゼロポジション)に立ち戻れるかどうかで決まります。

 

① 選択を決めている正体は「脳」ではない

脳生理学的には、

快=報酬回路(ドーパミン)

不快=回避回路(扁桃体)
が選択を促します。

しかし重要なのは、

脳は「決定者」ではなく「反応器」だということです。

👉脳は

  • 本能
  • 過去の記憶
  • 社会的刷り込み(常識・観念)
  • 欲望・恐れ

に即座に反応しているだけです。

つまり感性が歪むのではなく反応が感性を覆い隠しているのです。

 

② 「正しい感性」は、欲望を否定すると壊れる

よくある誤解は、欲望・執着を手放さなければならないという考えです。
実際には、

  • 抑える → 反発が起きる
  • 否定する → 無意識で支配される

結果、より強く歪んだ選択になります。

正解は

🌟「手放す」のではなく「介入させない」ということです。

 

③ 正しい感性が働く状態とは?

正しい感性が働いている時、次の特徴があります。

  • 急がない
  • 正当化しない
  • 説明しようとしない
  • 得か損かで揺れない
  • 他者比較が消える

この状態では、
「快でも不快でもないが、確かに“違和感がない”」 という感覚が現れます。
これが反応以前の感知(プレ・チョイス)です。

 

『健全なる精神は健全なる身体に宿る』

⭐身体で体現する:最重要ポイント

正しい感性を育むには、正しい心の在り方が求められ、「正しい心」とは「健全な肉体」から育まれます。

「健全なる精神は健全なる身体に宿る」

感性は「思考」ではなく「身体」に宿ります。

正しい選択は、考えて出すものではなく、身体が緩んだ時に、自然に浮上するものです。

なぜか?

身体が緊張しているとき、

  • 交感神経優位
  • 防衛・獲得モード
  • 利害・損得・評価に支配される

からです。

 

 『正しく選択するための体現』

✅実践1「選択前の3呼吸・ゼロポジション」

何かを決める前に必ず行う身体操作

  • 口を軽く開く
  • 息を吐き切る(6秒)
  • 吸うのは自然に任せる(努力しない)

これを3回

ポイントは

👉 胸を使わず、下腹と背中が同時に緩むこと

この時、「決めよう」としない。

すると一瞬、

思考が止まり

快・不快の評価が消え

静かな中立点(ゼロポジション)が現れます

ここが正しい感性の起点です。

 

✅実践2「身体に質問する」

思考に聞かないでください。

身体に聞きます。

選択肢を一つずつ思い浮かべ、

✔ 肩が上がるか?

✔ みぞおちが固くなるか?

✔ 呼吸が浅くなるか?

✔ 逆に、背骨が伸びるか?

✔ 足裏が重くなるか?

説明できない身体反応を採用します。

 

正しい選択ほど
✔ 静か

✔ 地味

✔ ドラマがない

のが特徴です。

 

✅実践3「歩きながら整える」

歩行中、

  • 踵から着かない
  • 足裏全体を「置く」
  • 速くならない
  • 視線を下げない

これだけで、報酬回路の暴走が鎮まりシャーデンフロイデ的快が弱まり中庸の感性が戻ります。

整った歩行=整った選択です。

 

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『まとめ』

正しい選択とは、

  • 成功する選択
  • 得をする選択
  • 評価される選択

ではありません。

👉 後から自分を歪めない選択です。

選択後に、

  • 言い訳がいらない
  • 身体が縮まらない
  • 呼吸が自然に続く

これが真の指標です。

 

2025-12-25 19:52:00

真実を観る眼力 89 「意識が現実を創る」という考えの構造 20 中心・中庸(ゼロポジション)を整える⑤...ゼロポジションを外れた身体のサイン

意識がゼロポジションを外れたかどうかは、思考ではなく「身体が必ず先に知らせます」。

この身体のサインを知っているかどうかで、体現は一気に深まります。


<ゼロポジションを外れた身体のサイン>

Ⅰ.最初に出る「超初期サイン」

① 呼吸が止まる/浅くなる

吸って止まる

吐き切れない

胸だけが動く

👉 これは最速のサイン

思考より先に起こります。


② みぞおち奥が「詰まる」「硬くなる」

圧迫感

リラックスしても抜けない

重さ

何かを押さえ込む感覚

👉 中庸から外れ、主観が前に出た合図


③ 視野が狭くなる

目が一点に固まる

周辺が見えなくなる

瞬きが減る

👉 世界が「自分中心」になる瞬間

 

 

Ⅱ.「筋・姿勢のサイン」

④ 肩・首・顎に力が入る

無意識に噛み締める

舌が固まる

歯の食いしばり

首が太く短く見える

👉 防御・正当化が始まっている

 


⑤ 重心が定まらない

立つと前か後ろに偏る

足裏の接地感が薄れる

体重が踵か前足に偏る

足指が浮く or 握る

👉 現実との接点が抜けている

 

 

⑥ 身体の動きが「速く」または「鈍く」なる

焦って速くなる

重くなって遅くなる

👉 時間感覚が歪んでいる

 

 

Ⅲ.感情・思考として現れるサイン(遅発)

 

⑦ 「正しさ」を軸に世界を見る

白黒思考

善悪・勝敗・上下でみる

説明したい

分かってもらいたい

👉 「ゼロ、中庸」ではなく「立場」に居る

 

 

⑧ 相手の反応が気になる

自分の内側より「外」を基準にする

嫌われたかも

評価

空気

常識

世間

👉 中心が外在化している

 

 

⑨ 頭の中で独り言が増える

反省

後悔

予測

👉 現実から離脱している

 

 

⑩ 被害者 or 加害者の物語に住んでいる

やられた

理解されない

こんなに頑張っているのに

👉 物語が現実より優先

 

 

Ⅳ.行動・関係性の特徴

⑪ いつも「忙しい」「余裕がない」

実際の量より消耗が大きい

休んでも回復しない

👉 中心を失ったまま動いている

 

⑫ 人間関係が摩耗しやすい

近づき過ぎる

距離を切り過ぎる

同じ問題が繰り返される

👉 中心が無いので距離感が安定しない

 

 

⑬ 静かな時間が苦手

何かしていないと不安

無音・無予定が怖い

👉 ゼロが怖い

 

 

Ⅴ.本人が気づきにくい「決定的特徴」

⑭ 自分を「客観視しているつもり」

分析は得意

理解している感覚がある

でも身体が変わらない

👉 頭だけの俯瞰=ゼロではない

 

⑮ 「整える」が癖になっている

姿勢を正す

呼吸を意識する

心を落ち着かせようとする

👉 戻るのではなく、操作している

 


<重要なポイント>

❌ 中心・中庸・ゼロポジションを「外れないようにする」→ 失敗

 

⭕ 「外れたら、すぐ分かる」→ 成功

 

<ゼロポジションの体現とは>

外れないことではなく、戻るスピードが速いことです。

ゼロポジションとは、

正しさではなく、帰還点。

 

👉 身体サインに気づいた瞬間に戻る

それだけです。

 

<まとめ(本質)>

ゼロポジションを外れた身体サインは

「失敗の証拠」ではなく

「目覚めのアラーム」

 

回復の第一歩(唯一)は

「直そう」としない

「変わろう」としない

  ⬇

 戻すだけ

 

 

<即・復帰ワーク(10秒)>

外れたと感じた瞬間に:

1. 吐く(吸わない)

2. 足裏を一瞬感じる

3. みぞおち奥を空ける

4. 視野を広げる(周辺視)

 

 

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2025-12-21 10:38:00

真実を観る眼力 88 「意識が現実を創る」という考えの構造 19 中心・中庸(ゼロポジション)を整える④...ゼロポジションを生きるとは

例えばゼロポジションに意識を置き、体現することを続けていくと、今までの人間関係がリセットされ縁が切れたり、逆に、必要な人やモノとの縁が生まれたりすることがありますが、これには以下の理由があります。

 

<ゼロポジションで生きると人間関係や縁が変わる理由>


① 無意識の「歪み」が消えるから

多くの人間関係は、

承認欲求

恐れ

期待

防衛

という中心を外れた反応で結ばれています。

 

ゼロポジションに戻ると、

相手に期待しない

自分を守らない

操作しない

👉 歪みが消えると、歪みで成り立っていた関係は自然に終わるから

 

② 共鳴の法則(スピリチュアルではなく身体的)

人は「思考」ではなく、「姿勢・呼吸・在り方」に反応します。

 

ゼロポジションの身体は、

落ち着いている

押さない

引かない

👉 同じ在り方の人だけが残る

  ⬇

 👯 必要な縁は「探さなくても入ってくる」

 

そしてこれは思想や哲学、スピリチュアルではなく、身体を通してしか本当に分からない領域です。

おそらく人の進化とは、『意識を中心、中庸、ゼロポジションに戻し』つつ、『身体で体現と行動』を通して発達していくために、肉体が与えられたのではないでしょうか?

これは、人の脳の進化構造からもうかがえます。人間の脳の進化は、基本的な生存機能を担う旧脳(運動脳)が先行し、その後に中脳や新脳が発展していったという考え方が一般的です。

旧脳(運動脳)は、人間の脳の進化において最も原始的な部分であり、生命維持や運動の制御、感情の基盤に関与しています。

中脳や新脳と連携しながら、基本的な生理機能を支えつつ、より高度な認知機能を発展させるための基盤を提供しています。

脳の進化ではまず、旧脳による基本的な行動と生存機能が先行し、その後に新脳が発展して高次の認知機能を持つようになったというプロセスを示しています。

つまり人間の進化は脳の進化構造からも、旧脳による『体現と行動』と、新脳による「認知」の相互作用によって形成されており、これが人間の適応能力や社会的な複雑さを高める要因となっています。

 

そして意識の進化とは、「中心、中庸、ゼロポジション」にもどりながら、『愛の体現』をしていくこと。

しかし意識が「中心、中庸、ゼロポジション」から外れていれば、主観やエゴを通し内外を見ているので、勝手な思い込みや自己都合で自分が見ているこの世界がすべての現実と勘違いしている可能性さえあります。

正邪善悪を見極め真実を生きるとは、ゼロポジションに戻りつつ、俯瞰、客観していかないと、いつまでも自身のエゴが作り出したイリュージョンをrealと勘違いしたまま、本質を生きることができなくなってしまうのではないでしょうか。

 


<人は「主観=現実」と誤認しているか?>

 

人は通常、

思考

感情

記憶

価値観

というフィルター越しの世界を見て、

「これが現実だ」

と無自覚に信じています。

 

👉 これは世界を見ているのではなく

世界に自分を投影している状態

 

『ゼロポジションで観る』とは、

  • 世界を「判断前」に受け取る
  • 良い悪いを付ける前に感じる
  • 自分の内側の反応と事実を分ける

これにより、

👉 初めて「現実」が立ち上がる

 

 

<正邪・善悪・真実を見極めるとは何か?>

💡重要なポイント

❌ 善悪を超えようとする → エゴ

⭕ 善悪が生まれる「手前」に戻る → ゼロ

 

ゼロポジションでは、

善悪は消えない

正邪も消えない

 

しかし、 👉 「反応として使われなくなる」=「反射的に邪悪と共鳴しなくなる」


『真実を生きるとは』

正しいことをすることではない

間違わないことでもない

 

💡「中心から離れずに、現実に関わり続けること」

 

 

<イリュージョンから抜ける唯一の方法>

それは、

思想でも

知識でも

正論でもなく

👉 身体に戻り続けること

崩れたら戻る

外れたら気づく

そして、また戻る


最後に

「目覚めたい」ではなく

真のrealを、

「もう誤魔化さずに生きたい」

ということです。



ゼロポジションは悟りの概念ではありません。

逃げられないほど現実的な、生き方の基準点です。

 

「地に足をつける」・「目を開く」・「体を動かす」スクワット

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