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真実を観る眼力 215 相手に同意できなくても、気持ちに寄り添うことはできるのか? ― 共感する力と、自分の判断を保つこと ―
プロローグ|意見が違う相手と、心を通わせることはできるのか?
誰かと話していて、自分とは考え方が違うと感じたとき、相手の話をどこまで受け止められるでしょうか。
相手の意見には納得できない。自分の考えとは相容れない。それでも、相手がなぜそう考えるのか、その気持ちに耳を傾けることはできるでしょうか。
たとえば、仕事について話しているとき、ある人は「多少無理をしてでも成果を出すことが大切だ」と考え、別の人は「健康や家庭生活を犠牲にしてまで働くべきではない」と考えているとします。
どちらにも、それぞれの経験や大切にしているものがあります。
しかし、意見が異なると、相手の考えを理解しようとする前に、自分の正しさを伝えたくなることがあります。
前回の「真実を観る眼力214」では、自分と違う意見を受け入れることが難しい心理や、相手を理解することと同意することの違いについて考えました。
今回は、その先にある「共感」に目を向けます。
共感とは、相手の意見に賛成することでしょうか。それとも、相手と同じ気持ちになることでしょうか。
実は、相手の考えに同意できなくても、その人の気持ちや背景に心を向けることはできます。
自分の判断を保ちながら、相手の立場や感情を想像しようとすること。そこに、共感する力の大切な意味があります。
第一章|共感とは、相手の気持ちに目を向けること
私たちは、誰かの話を聞くとき、無意識のうちに自分の経験や価値観を基準にして受け止めることがあります。
相手が悩みを話しているときにも、「自分ならこうする」「そんなことで悩む必要はない」と、すぐに自分の考えを伝えたくなることがあります。
しかし、相手が求めているのは、必ずしも解決策や正しい答えとは限りません。
まずは、自分の気持ちを分かってほしい、話を聞いてほしいと思っている場合もあります。
たとえば、友人が仕事で失敗し、「自分には向いていないのかもしれない」と落ち込んでいるとします。
そのとき、「誰にでも失敗はあるよ」「次は頑張ればいい」と励ますことはできます。
それは、相手を元気づけようとする言葉です。
一方で、「一生懸命取り組んできたからこそ、今回の失敗がつらいんだね」と声をかけることもできます。
こちらは、相手がどのような気持ちでいるのかを想像し、その感情に目を向けた言葉です。
共感とは、相手とまったく同じ気持ちになることではありません。
相手の経験を自分が完全に理解できるとは限りませんが、
相手の立場に立って考え、その人が何を感じているのかを理解しようとすることはできます。
また、共感には、相手の状況や考えを理解しようとする側面と、相手の感情に心を寄せる側面があります。
相手がなぜそのように考えるのかを想像すること。そして、その人が感じている不安や喜び、悲しみなどに心を向けることです。
ただし、相手の気持ちを想像することと、相手の気持ちを正確に分かったつもりになることは違います。
「きっとこう感じているはず」と決めつけず、「そう感じているのかな」「どんなことが一番つらかったの?」と確かめることも大切です。
共感とは、相手の気持ちを決めつけることではなく、相手を知ろうとする姿勢なのです。
第二章|共感することは、相手と同じ考えになることではない
共感について考えるとき、気をつけたいことがあります。
それは、相手の気持ちに寄り添うことと、相手の考えや行動をすべて認めることを混同しないことです。
たとえば、友人が職場の人間関係に悩み、「腹が立ったので、相手に強い言葉を返してしまった」と話したとします。
その友人が傷つき、怒りを感じたことには、共感できるかもしれません。
「それほど嫌な思いをしたんだね」と、気持ちを受け止めることはできます。
しかし、相手を傷つけるような言葉を返したことまで、正しいと認める必要はありません。
その行動が適切だったかどうかは、別に考えることができます。
このように、相手の感情を受け止めることと、その人の判断や行動を評価することは、分けて考えられます。
また、相手の気持ちに寄り添うことは、自分の意見を言わないことでもありません。
必要であれば、「つらかった気持ちは分かるけれど、あの言い方は相手を傷つけてしまったかもしれないね」と、自分の考えを伝えることもできます。
大切なのは、
相手の感情を否定せずに受け止めたうえで、事実や行動については冷静に考えることです。
共感するために、自分の価値観や判断を手放す必要はありません。
むしろ、自分と相手の考えを区別できるからこそ、相手の気持ちを落ち着いて受け止められる場合もあります。
相手の気持ちを尊重することと、相手の考えや行動をすべて肯定することは同じではないのです。
第三章|自分の経験だけでは、相手の気持ちは分からない
私たちは、相手の話を聞くとき、自分の経験を手がかりにして理解しようとします。
それは自然なことですが、自分の経験だけを基準にすると、相手の気持ちを取り違えてしまうことがあります。
たとえば、友人が新しい仕事に挑戦することを不安に感じているとします。
自分は過去に転職を経験し、思い切って行動したことで良い結果を得たことがあるかもしれません。
そのため、「やってみれば何とかなるよ」と、前向きな言葉をかけたくなるでしょう。
しかし、相手には家族の生活を支える責任があったり、過去に仕事で大きな失敗をした経験があったりするかもしれません。
同じ転職という出来事でも、置かれている状況が違えば、不安の大きさや判断の基準も異なります。
自分にとっては小さな挑戦でも、相手にとっては大きな決断である場合があります。
ここで必要なのは、自分の経験を相手に当てはめるのではなく、相手の立場や事情を知ろうとすることです。
「自分だったらどうするか」だけでなく、「この人は、どのような状況に置かれているのだろう」「何を大切にしているのだろう」と考えてみるのです。
また、相手の話を聞くときには、自分の経験をすぐに持ち出さず、まず相手の話を最後まで聞くことも大切です。
自分の経験を伝えることが役立つ場合もありますが、相手の状況を十分に知らないまま助言すると、かえって相手の気持ちを置き去りにしてしまうことがあります。
人はそれぞれ異なる経験を重ね、異なる環境で暮らしています。
だからこそ、自分の経験だけで相手を判断せず、その人自身の背景を知ろうとする姿勢が必要なのです。
第四章|共感は、相手との関係をどのように変えるのか?
相手の話を聞くとき、すぐに評価したり、反論したりせず、まず気持ちに目を向けると、会話の雰囲気が変わることがあります。
たとえば、家族の一人が「最近、家のことを自分ばかりがやっている気がする」と話したとします。
そこで、「自分だって忙しい」「そんなことはない」とすぐに反論すると、相手は自分の負担を分かってもらえなかったと感じるかもしれません。
一方、「そう感じていたんだね。どのあたりが一番負担になっている?」と尋ねれば、相手は自分の状況を説明しやすくなります。
話を聞くことで、実際に何が負担になっているのか、どのような協力を求めているのかが見えてくることもあります。
もちろん、相手の話を聞いたからといって、すべての要求を受け入れる必要はありません。
自分にも事情があれば、それを伝え、お互いに無理のない方法を探すことができます。
共感は、相手に合わせるためだけのものではありません。
相手の気持ちを理解しようとすることで、互いの状況をより正確に知り、現実的な解決策を見つけやすくなることがあります。
また、自分の気持ちを受け止めてもらえたと感じると、人は相手の話にも耳を傾けやすくなる場合があります。
相手の立場を尊重することが、自分の立場を理解してもらうためのきっかけにもなるのです。
ただし、共感すれば必ず相手が理解してくれるとは限りません。
考え方や利害が大きく異なる場合には、話し合いを続けても一致しないことがあります。
それでも、互いの気持ちや事情を知ることは、相手を一方的に決めつけることを避け、関係を考え直す手がかりになります。
第五章|日常の会話で、共感する力を育てる
では、日常の中で、相手の気持ちに寄り添うには、どのようなことを意識すればよいのでしょうか。
特別な技術を身につける必要はありません。普段の会話の中で、次のようなことを試すことができます。
① すぐに評価せず、最後まで話を聞く
相手の話を聞いている途中で、自分の意見や解決策を伝えたくなることがあります。
しかし、まずは話を最後まで聞いてみます。
途中で結論を出さず、相手が何を伝えたいのかを確かめることが大切です。
② 相手の感情に目を向ける
相手が話している内容だけでなく、そのときにどのような気持ちを抱いているのかにも目を向けます。
「それは悔しかったでしょうね」
「ずっと気になっていたんですね」
このように、相手の感情を言葉にして確かめることができます。
ただし、感情を決めつけず、相手の反応を見ながら言葉を選びます。
③ 自分の経験を、すぐに当てはめない
自分にも似た経験があると、つい「私もそうだった」と話したくなることがあります。
自分の経験を伝えることが役立つ場合もありますが、まずは相手の状況を聞いてみましょう。
同じように見える出来事でも、背景は人によって異なります。
④ 相手の気持ちと、自分の判断を分ける
相手の気持ちに寄り添いながらも、自分が納得できないことまで無理に認める必要はありません。
「そう感じたことは分かったよ。ただ、私は別の考えもあると思う」
このように伝えれば、相手の気持ちを尊重しながら、自分の考えも保つことができます。
⑤ 分からないことは、尋ねてみる
相手の気持ちをすべて理解できるとは限りません。
分からないときには、「もう少し聞いてもいい?」「そのとき、どんな気持ちだった?」と尋ねてみます。
分かったつもりになるよりも、相手を知ろうとすることが大切です。
こうした小さな積み重ねが、相手の立場を想像し、互いの違いを尊重する力につながっていきます。
エピローグ|共感する力が、違いをつなぐ
人はそれぞれ異なる経験を重ね、異なる感情を抱き、異なる価値観を持っています。
そのため、同じ出来事に出会っても、同じように感じたり、同じ判断をしたりするとは限りません。
自分と異なる意見に出会ったとき、相手を理解しようとすることは簡単ではありません。
自分の考えを守りたい気持ちや、相手の意見に納得できない気持ちが生まれることもあります。
それでも、相手の立場や感情に目を向けることはできます。
相手の気持ちを理解しようとすることと、その意見に賛成することは別のことです。
共感するために、自分の判断を捨てる必要はありません。
むしろ、自分の考えを保ちながら相手の背景を知ろうとすることで、これまで見えていなかった事情や価値観に気づくことがあります。
ここで、日常の中で問い直してみたいことがあります。
自分は、相手の話を最後まで聞いているだろうか。
相手の気持ちを、自分の経験だけで判断していないだろうか。
相手の感情を受け止めることと、その行動に賛成することを混同していないだろうか。
そして、自分とは異なる考えを持つ人の背景を、知ろうとしているだろうか。
共感とは、相手と同じ考えになることではありません。
自分とは異なる人の経験や感情に心を向け、その人を一人の人間として理解しようとすることです。
違いをなくすのではなく、違いがあることを認めながら、互いの立場に目を向ける。
その姿勢があれば、意見が異なる相手とも、すぐに対立することなく、対話を続ける余地が生まれます。
しかし、共感しようとしても、互いの利害や価値観がぶつかり、理解し合うことが難しい場合もあります。
個人の間で生まれた意見の違いは、どのようにして対立へと発展し、やがて集団や社会の分断につながっていくのでしょうか。
次回は、「なぜ、意見の違いは対立や分断へと発展するのか?」という問いから、個人の認識の違いが、人間関係や社会に及ぼす影響について考えていきます。
『違いを受け止め、心に寄り添う』
「友人が元気をなくした植物について、その植物をもう育てるのをやめて別の植物に植え替えたいと、自分の考えや気持ちを話しています。
一方、あやかさんは植物にそっと手をかざしながら、もう少し手入れを続ければ元気を取り戻す可能性もあると考えながらも、友人の話に穏やかに耳を傾けています。
二人の考えは異なっていても、すぐに否定したり、自分の意見を押しつけたりする必要はありません。
相手の気持ちや考えに寄り添いながら、自分の判断も大切にする。そんな姿勢が、互いを理解する対話の第一歩になります。」
