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真実を観る眼力 211 自分の考えは、本当に自分自身で選び取ったものなのでしょうか? ― 環境・経験・情報が形づくる「自分の考え」を見つめる ―
「これは、自分が正しいと思っていることだから」
私たちは、仕事の進め方、人との付き合い方、健康に対する考え方、社会で起きている出来事などについて、それぞれ自分なりの考えを持っています。
そして、その考えは、自分自身で判断して選び取ったものだと感じています。
しかし、少し立ち止まって考えてみると、疑問が生まれます。
その考えは、いつ、どこで身についたのでしょうか。
たとえば、子どものころから「人に迷惑をかけてはいけない」と教えられてきた人は、大人になっても、困っているときに助けを求めることをためらうかもしれません。
また、「安定した仕事に就くことが一番大切」と聞かされて育った人は、仕事を選ぶとき、収入や雇用の安定を重視するかもしれません。
こうした考えには、家庭での教育、学校での経験、周囲の人々の価値観、社会の常識、日々触れている情報などが影響しています。
もちろん、周囲から学んだ考えが間違っているということではありません。私たちは、他者から多くの知識や知恵を学びながら成長していきます。
ただし、長く信じてきた考えが、今の自分にとっても最適とは限りません。
自分の考えを持つことと、その考えがどのように形づくられたのかを理解することは、別のことなのです。
今回は、心理学や脳科学の視点も交えながら、自分の考えに影響を与えるものを見つめ、自分自身で考え、選び取るとはどういうことなのかを考えていきます。
第一章 私たちの考えは、どのように形づくられるのか?
人間は、成長する過程で、家族や周囲の人々との関わりを通じて、言葉や習慣、善悪の判断、社会で生きるためのルールなどを学んでいきます。
心理学では、こうした学びの一つとして、周囲の人の行動や、その結果を見て、自分の行動の仕方を学ぶことが研究されています。
たとえば、職場で先輩が丁寧に仕事を進め、周囲から信頼されている姿を見れば、「自分も丁寧に仕事をしよう」と考えることがあります。
反対に、失敗した人が強く責められる様子を見れば、「失敗しないことが何よりも大切なのだ」と感じ、新しいことへの挑戦を避けるようになるかもしれません。
このように、私たちは、自分が直接経験したことだけでなく、他者の行動や周囲の反応からも学んでいます。
さらに、脳には、経験や学習に応じて、神経細胞どうしのつながりや働き方が変化する性質があります。これは「脳の可塑性」と呼ばれています。
たとえば、自転車の乗り方を覚えたり、楽器の演奏を繰り返し練習したりすると、最初は意識しなければできなかったことが、次第に自然にできるようになります。
考え方や行動の習慣についても、経験を重ねることで変化する場合があります。
ただし、脳が変化することと、特定の価値観がそのまま脳に刻み込まれることは同じではありません。
また、経験したことが必ず一つの考えを生み出すわけでもありません。
同じ出来事を経験しても、その受け止め方は人によって異なります。
その後に出会う人や情報、新しい経験によっても、考え方は変わっていきます。
つまり、今の自分の考えは、生まれつき決まっていたものでも、すべて自分一人で生み出したものでもありません。
さまざまな経験や学びを土台にしながら、少しずつ形づくられてきたものなのです。
第二章 「当たり前」は、本当に誰にとっても当たり前なのか?
私たちは、日常生活の中で、多くのことを「当たり前」と考えています。
人には親切にするべき。仕事では失敗しないことが大切。周囲と協調することが望ましい。
こうした考えは、社会生活を営むうえで役立つことがあります。しかし、どのような場面でも同じように役立つとは限りません。
たとえば、「人の役に立つべきだ」と考えて、職場で頼まれた仕事をいつも引き受けている人がいるとします。
最初は周囲から感謝されても、次第に自分の仕事が終わらなくなり、疲れがたまってしまうかもしれません。
他者を助けること自体が悪いのではありません。自分の状況を考慮せず、いつも他者を優先してしまうことが問題なのです。
心理学では、過去の経験によって身についた考え方や行動の傾向が、その後の判断にも影響することが知られています。
そのため、以前は役立っていた考え方でも、状況が変われば、かえって自分の行動を制限することがあります。
ここで大切なのは、ある価値観を良いか悪いかだけで判断しないことです。
「この考えは、どのような場面で役立っているのだろうか」
「反対に、どのような場面では自分を苦しめているのだろうか」
「今の自分にも、この考えは必要なのだろうか」
こうした問いを持つことで、自分の中にある「当たり前」を見つめ直すことができます。
価値観を見直すことは、これまでの自分を否定することではありません。
今の状況に合わせて、考え方や行動をよりよいものに整えていくことなのです。
第三章 情報環境は、私たちの考えにどう影響するのか?
現代では、インターネットやSNSを通じて、膨大な情報に触れることができます。
しかし、情報が豊富にあるからといって、必ずしも視野が広がるとは限りません。
たとえば、SNSである健康法を知り、「これは自分にもよさそうだ」と感じたとします。
その後、効果があったという投稿を何度も目にすると、「多くの人が勧めているのだから、きっとよい方法なのだろう」と思うかもしれません。
一方で、効果を感じなかった人の体験や、専門家による注意点には、あまり目が向かなくなることがあります。
心理学では、自分の考えや信念を支持する情報に注目しやすく、反対の情報を見落としたり、軽く扱ったりする傾向を「確証バイアス」と呼びます。
また、SNSなどのサービスでは、過去に閲覧した内容や関心を示した情報をもとに、似た情報が表示される場合があります。
こうした仕組みや、自分自身が好んで見る情報を選ぶ行動が重なると、目に入る情報が偏ることがあります。
その結果、自分と同じ意見を持つ人が、実際以上に多いように感じられる場合もあります。
ただし、SNSを利用すれば必ず考え方が偏るわけではありません。情報の表示方法や使い方、触れる情報の種類によっても影響は異なります。
大切なのは、画面に表示される情報を、社会全体の意見そのものだと思い込まないことです。
また、情報を受け取るときには、発信者が誰なのか、どのような根拠に基づいているのか、反対の結果を示す情報はないのかを確かめることが重要です。
異なる意見をすべて同じように信じる必要はありません。重要なのは、意見の数ではなく、それぞれの根拠や信頼性を確かめることです。
自分の考えを確かめるためには、自分に合う情報だけでなく、自分がまだ見ていない情報にも目を向ける必要があります。
第四章 自分の考えを持つことと、他者に影響されること
私たちの考えが環境や経験から影響を受けているなら、自分自身で考えることはできないのでしょうか。
決して、そうではありません。
他者から学ぶことと、他者の考えをそのまま受け入れることは違います。
たとえば、友人から「このお店はとてもよかった」と勧められたとします。
その友人を信頼していれば、自分も行ってみようと思うでしょう。これは、他者の経験を参考にする自然な判断です。
しかし、実際に行ってみると、料理が好みに合わず、店内も落ち着かないと感じるかもしれません。
そのとき、「友人がよいと言ったのだから、自分もよいと思うべきだ」と考える必要はありません。
友人にとっては居心地のよい店でも、自分にとってはそうではなかった。それぞれの好みや求めるものが違うからです。
社会心理学では、人が周囲の人の意見や行動を参考にして判断することが研究されています。
周囲に合わせることは、集団の中で協力したり、分からないことを判断したりする際に役立つ場合があります。
一方で、周囲の人が同じ意見を持っていると、自分の疑問を口にしにくくなることもあります。
たとえば、会議で全員がある案に賛成しているとき、本当は気になる点があっても、「自分だけ反対するのはよくない」と考えて、発言を控えてしまうことがあるでしょう。
しかし、周囲と異なる意見を持つことが、いつも正しいわけでもありません。
大切なのは、賛成するか反対するかという立場だけで判断するのではなく、その意見の根拠を自分でも確かめることです。
自分自身で選び取るとは、誰の影響も受けないことではなく、受けた影響を理解したうえで、自分なりに判断することなのです。
「本当に望んでいるもの」

「私たちの選択は、周囲の期待や社会の常識に影響されていることがあります。大切なのは、その選択が本当に自分の望みなのかを、立ち止まって見つめ直すことです。」
第五章 自分の考えを見つめ直す五つの問い
では、自分の考えがどのように形づくられ、今の自分にとってどのような意味を持っているのかを、どのように確かめればよいのでしょうか。
日常の中で、次の五つの問いを試してみましょう。
1.私は、なぜそう考えているのだろうか?
新しい家電を買うとき、「有名なメーカーの製品なら安心だ」と考えたとします。
その判断は、実際に使った経験から生まれたのでしょうか。それとも、広告や周囲の評判から、いつの間にかそう思うようになったのでしょうか。
考えの出発点を振り返ります。
2.その考えは、どのような影響を受けて形づくられたのだろうか?
「大人になったら、結婚して家庭を持つのが普通だ」と考えている場合、その価値観は自分の希望から生まれたのでしょうか。それとも、家族や周囲の人々、社会の常識から影響を受けてきたのでしょうか。
背景を振り返ることで、自分が本当に望んでいることと、周囲から期待されていることを区別しやすくなります。
3.その考えを支持する根拠は、どの程度確かなのだろうか?
「この食品は身体によい」と聞いたとき、根拠は専門的な研究なのか、個人の体験談なのかを確認します。
印象だけで判断していないか。事実や信頼できる資料によって確かめられることは何かを整理します。
4.異なる見方をしたら、何が見えてくるだろうか?
職場で自分とは異なる提案が出されたとします。
すぐに「その方法はよくない」と判断するのではなく、相手が何を解決しようとしているのかを聞いてみます。
すると、自分が重視していた点とは違う問題に、相手が目を向けていたことに気づくかもしれません。
5.今の自分にとって、その考えは本当に役立っているのだろうか?
「頼まれたことは断らない」という考えを持っている人が、仕事や家事を抱え込み、疲れを感じているとします。
その場合、他者を大切にする気持ちは維持しながらも、自分の余裕がないときには事情を説明して断る、別の方法を提案するなど、行動を変えることができます。
価値観そのものを捨てるのではなく、今の自分や周囲にとって、よりよい形に整えていくのです。
これらの問いに、いつも明確な答えを出す必要はありません。
すぐには分からないこともあれば、新しい経験や情報に触れることで、答えが変わることもあります。
大切なのは、自分の考えを無条件に正しいとするのでも、すべてを疑って何も信じられなくなるのでもなく、
根拠や影響を確かめながら、より納得できる判断へと近づいていくことです。
考えの背景を知る
⬇
根拠を確かめる
⬇
別の見方を考える
⬇
今の自分に照らして選ぶ
この小さな積み重ねが、自分の考えを主体的に育てることにつながります。
おわりに 自分の考えを、自分で育てていく
私たちの考えは、何もないところから生まれるわけではありません。
家族や社会から受け継いだ価値観、これまでの経験、学んできた知識、日々触れている情報。
そうしたものが重なり合い、今の自分の物事の見方を形づくっています。
そのため、自分が正しいと信じていることの中にも、十分に確かめたうえで選んだものと、いつの間にか当たり前になっていたものがあるかもしれません。
しかし、それは、自分の考えが偽物だということではありません。
考えが形づくられた背景を知ることで、自分が何を大切にしているのか、何に影響されやすいのか、どのような判断を見直す必要があるのかが見えてきます。
自分自身で考えるとは、すべてを一から疑い、誰にも頼らずに結論を出すことではありません。
他者から学び、
経験から気づき、
情報を確かめながら、
自分なりに理解を深めていく
ことです。
そして、新しい事実や経験に出会ったときには、以前の考えを見直すこともできます。
自分の考えを持つことは、考えを固定することではなく、確かめながら育てていくことなのです。
「真実を観る眼力」とは、
外の世界にある情報を見極める力であると同時に、
自分の中にある価値観や思い込み、その背景にある影響を観察する力
でもあります。
何を信じるのか。
何を大切にするのか。
そして、
どのような根拠に基づいて選択するのか。
その一つひとつを自覚することで、私たちは、周囲の影響にただ流されるのではなく、自分の判断に主体的に関わることができるようになります。
ここで、次の問いが生まれます。
自分の考えの背景を理解し、さまざまな情報や価値観を見つめ直したとしても、実際の生活では、自分の望みと他者の望みがぶつかることがあります。
たとえば、家族との予定を優先したい気持ちと、自分一人で休みたい気持ち。職場の方針に協力したい気持ちと、その方針に疑問を感じる気持ち。
どちらにも大切にしたい理由があるからこそ、簡単には決められない場面があります。
では、自分の考えを大切にしながら、異なる考えを持つ他者とも共に生きていくには、何を基準に判断すればよいのでしょうか。
次回は、「自分の正しさ」と「他者の正しさ」が異なるとき、私たちはどう向き合えばよいのかという問いから、認識と対話、そして調和について考えていきます。