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真実を観る眼力 210 自分の考えは、何を根拠に正しいと思うのか? ― 確信と事実、思い込みと判断のあいだ ―
たとえば、ある商品を選んで使ってみたところ、期待どおりの効果を感じたとします。
「やっぱり、この商品を選んで正解だった」
そう思っているとき、同じ商品を高く評価する口コミを見つければ、うれしくなり、自分の判断に自信が持てるでしょう。
一方で、効果を感じなかったという口コミを目にすると、「使い方が違ったのではないか」「その人には合わなかったのだろう」と考えるかもしれません。
もちろん、実際に効果があった可能性もあります。しかし、良い評価だけを根拠に商品の価値を判断しているとしたら、見落としていることがあるかもしれません。
私たちは日常のさまざまな場面で、自分の判断が正しかったと感じることがあります。
人間関係でも、仕事でも、健康に関する情報でも、社会問題について考えるときでも、いったん自分の考えを持つと、それを支持する出来事や情報が目につきやすくなります。
そして、そうした情報が重なるほど、自分の考えに対する確信が強まることがあります。
では、自分の考えに自信があるとき、私たちは本当に十分な根拠を持っているのでしょうか。
それとも、自分が正しいと思える情報を集めた結果、確信が強くなっているだけなのでしょうか。
自分が正しいと感じることと、実際に正しいと確かめられることは、必ずしも同じではありません。
今回は、確信と事実の違いを見つめながら、自分の判断をどのように確かめればよいのかを考えていきます。
第一章 なぜ、確信が強いほど正しいと思ってしまうのか?
私たちは、何かを強く信じているとき、その考えには十分な理由があるように感じることがあります。
長年の経験から得た知識であれば、なおさらでしょう。
実際に経験を重ねることで、判断が正確になることはあります。繰り返し起こる出来事の特徴をつかみ、適切に対応できるようになるからです。
しかし、経験が多ければ、いつでも正しく判断できるとは限りません。
たとえば、過去に何度か約束を破られた経験がある人は、相手からの返信が少し遅れただけで、「今回も約束を守ってくれないのではないか」と考えるかもしれません。
過去の経験は、注意を促す手がかりにはなります。しかし、今回も同じことが起こると決まったわけではありません。
それにもかかわらず、過去の経験と似た状況に出会うと、私たちは以前の判断を当てはめやすくなります。
また、自分の考えを支持する情報が繰り返し目に入ると、「やはり間違いない」と感じることもあります。
前回の209で取り上げた「確証バイアス」は、こうした傾向に関係しています。自分の考えに合う情報を集めたり、重く受け止めたりすることで、確信が強まる場合があるのです。
ここで注意したいのは、確信の強さは、そのまま根拠の確かさを表すものではないということです。
強く信じていることが正しい場合もあれば、十分に確かめないまま信じている場合もあります。
大切なのは、自信があるかどうかだけでなく、何を根拠にその判断をしているのかを確かめることです。
第二章 事実と解釈は、どこが違うのか?
自分の判断を確かめるために、まず理解しておきたいのが「事実」と「解釈」の違いです。
事実とは、観察や記録などによって確認できる出来事や情報のことです。
一方、解釈とは、その出来事に対して、私たちが意味や理由を与えることです。
たとえば、職場で同僚に挨拶をしたのに、返事がなかったとします。
このとき、「挨拶をしたが、返事がなかった」というのは、確認できる出来事です。
しかし、「自分を嫌っているから、返事をしなかったのだ」というのは、その出来事に対する解釈です。
相手は考え事をしていたのかもしれません。体調が悪かったのかもしれません。単に挨拶が聞こえなかった可能性もあります。
もちろん、本当に相手が不快な気持ちを抱いていた可能性もあります。しかし、一度の出来事だけでは、その理由を確定できません。
私たちは、出来事そのものを見ているつもりでも、実際には自分の経験や感情を通して意味づけをしています。
そのため、同じ出来事でも、人によって受け取り方が異なることがあります。
ここで重要なのは、解釈をすべて否定することではありません。日常生活では、状況を理解し、次の行動を決めるために解釈が必要です。
ただし、自分の解釈を、確認された事実と同じものとして扱わないことが大切です。
「相手は私を嫌っている」と決めつけるのではなく、「返事がなかったので、嫌われているのではないかと感じた」と捉え直す。
それだけでも、事実と自分の受け止め方を区別し、別の可能性を考える余地が生まれます。
『事実と解釈』
第三章 情報を集めれば、正しい判断ができるのか?
現代は、インターネットやSNSを通じて、さまざまな情報を簡単に入手できる時代です。
分からないことがあれば検索し、専門家の解説を読み、複数の意見を比較することもできます。
情報を集めることは、判断の根拠を確かめるうえで大切な方法です。
しかし、情報が多いことと、正しく理解できていることは同じではありません。
たとえば、ある健康法について調べたとき、効果があったという体験談をいくつも見つけたとします。
同じような体験談が並んでいれば、「多くの人が効果を感じているのだから、間違いない」と思うかもしれません。
しかし、体験談だけでは、その健康法が本当に効果をもたらしたのか、ほかの要因が関係していたのかを判断できない場合があります。
効果を感じなかった人の体験が紹介されていない可能性もあります。
また、複数のウェブサイトが同じ情報源をもとに記事を書いているなら、記事の数が多くても、独立した根拠がたくさんあるとは限りません。
このように、情報の量や繰り返し目にする回数だけで、正しさを判断することには注意が必要です。
では、何を確かめればよいのでしょうか。
情報に触れたときには、次の点を意識してみます。
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情報の出所は明らかか。 誰が、どのような目的で発信しているのか。
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根拠は示されているか。 個人の感想なのか、調査や研究に基づく情報なのか。
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ほかの資料と照らし合わせられるか。 独立した情報源でも、同じ結論が支持されているか。
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反対の結果や限界も説明されているか。 都合のよい情報だけが選ばれていないか。
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結論は、根拠の範囲を超えていないか。 一部の事例から、すべての人に当てはまると判断していないか。
もちろん、すべての情報を自分一人で詳しく検証することはできません。情報の分野に応じて、信頼できる専門機関や研究資料を活用することも大切です。
重要なのは、情報をたくさん集めること自体を目的にせず、その情報が何を示していて、何までは示していないのかを見極めることです。
第四章 自分の考えが間違っている可能性を考えられるか?
ここで、自分の判断を確かめるための問いを一つ考えてみましょう。
「もし自分の考えが間違っているとしたら、どのようなことが分かれば、それに気づけるだろうか」
この問いは、自分の考えを否定するためのものではありません。判断の根拠を明確にするためのものです。
たとえば、「この方法は必ず効果がある」と考えているとします。
その場合、どのような結果が得られたら、その考えを見直す必要があるでしょうか。
もし、どのような反対の情報が出てきても「それは例外だ」「調べ方が悪い」と説明し続けるなら、自分の考えを確かめる機会を失ってしまいます。
もちろん、一つの研究や一つの反例だけで、すべての結論が覆るわけではありません。研究の方法や対象、結果の再現性などを検討する必要があります。
それでも、自分の考えを支持する根拠だけでなく、見直す必要があると判断する条件も考えておくことは、偏りを防ぐ助けになります。
また、自分の考えを見直すことに抵抗を感じるときには、その理由を振り返ってみます。
「間違いを認めると、自分の判断力がないと思われそうだ」
「これまで信じてきたことを手放したくない」
「自分が選んだものを否定したくない」
こうした気持ちが、判断に影響している場合もあります。
しかし、一つの判断を修正することと、自分自身を否定することは違います。
以前の自分には、そのとき得られていた情報や経験に基づく判断がありました。
そして、今は新しい情報を得て、以前より深く考えられるようになったのかもしれません。
考えを変えられることは、信念がないという意味ではありません。
根拠に応じて判断を更新できるということです。
自分の考えを大切にしながらも、必要なときには見直せる。その柔軟さが、より確かな認識につながります。
第五章 判断の精度を高めるための五つの実践
では、日常生活の中で、自分の判断をどのように確かめればよいのでしょうか。
難しい理論を覚える必要はありません。次の五つを意識することから始められます。
1.まず、実際に何が起きたのかを確認する
自分が見たこと、聞いたこと、記録されたことなど、確認できる情報を整理します。
人から聞いた話であれば、直接確認したことなのか、誰かを通して伝わってきたことなのかも区別します。
2.自分がどのような意味づけをしたのかを振り返る
事実を確認したら、次に、自分がその出来事をどう受け止めたのかを考えます。
その解釈は、過去の経験や感情に影響されていないでしょうか。ほかの説明も考えられないでしょうか。
3.判断の根拠を確かめる
自分の考えを支えているのは、具体的な事実でしょうか。それとも、印象や体験談、周囲の意見でしょうか。
根拠の種類によって、どこまで確かな判断ができるのかは変わります。
4.別の可能性や反対の根拠にも目を向ける
自分の考えと異なる情報を見つけたら、すぐに否定せず、その根拠を確かめてみます。
ただし、異なる意見をすべて同じ重さで扱う必要はありません。情報の信頼性や根拠の強さを比較することが大切です。
5.根拠に応じて、判断を維持したり修正したりする
十分な根拠があるなら、自分の判断を維持してもよいでしょう。
一方、根拠が不十分なら、結論を急がずに保留することもできます。
新しい事実が分かったときには、判断を見直します。
この五つの実践をまとめると、次のようになります。
事実を確認する
⬇
自分の解釈を振り返る
⬇
根拠を確かめる
⬇
別の可能性を検討する
⬇
判断を維持・修正する
これは、いつも疑い続けるための方法ではありません。
自分の考えを無条件に信じることも、何も信じられなくなることも避け、根拠に応じた判断をするための手順です。
日常の小さな判断から実践することで、自分がどのような場面で思い込みやすいのかにも気づきやすくなります。
おわりに 確信を守ることから、理解を深めることへ
私たちは、自分の考えに確信を持つことで、安心して物事を判断できるようになります。
これまでの経験や知識を生かし、自分なりの考えを持つことは大切です。
しかし、その確信が強いからといって、必ずしも十分な根拠があるとは限りません。
自分の解釈を事実だと思い込んだり、考えに合う情報ばかりを集めたりすることで、気づかないうちに判断の幅が狭くなることがあります。
だからこそ、自分の考えを持つことと、その考えを確かめ直すことの両方が必要なのです。
事実と解釈を分ける。
情報の根拠を確かめる。
異なる可能性を検討する。
そして、
新しい事実が分かったときには、必要に応じて判断を修正する。
こうした積み重ねが、認識を深めることにつながります。
「真実を観る眼力」とは、他者の間違いを見抜くことだけではありません。
自分が何を根拠に考え、なぜそれを正しいと思っているのかを観察することでもあります。
自分の考えを守るために情報を集めるのか。
それとも、より確かな理解に近づくために、自分の考えも確かめ直すのか。
その違いは、日々の情報の受け取り方や、判断の積み重ねの中に表れます。
自分の考えに確信を持つこと以上に、その確信を支える根拠を確かめ続けること。
そこに、思い込みにとらわれず、より確かな真実に近づくための大切な姿勢があるのではないでしょうか。
そして、ここで次の問いが生まれます。
私たちが「自分の考え」だと思っているものは、どこから生まれたのでしょうか。
生まれ育った環境、家族や友人の言葉、学校で学んだこと、社会の常識、日々触れている情報。
それらは、知らず知らずのうちに、私たちの判断に影響を与えています。
では、自分の考えは、本当に自分自身で選び取ったものなのでしょうか。
次回は、この問いから、周囲の影響と自分の判断の関係を考えていきます。

