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真実を観る眼力 209 なぜ、自分の考えを支持する情報ばかり求めてしまうのか? ― 確証バイアスと、信念を見つめ直す力 ―
たとえば、健康によいと聞いた食品を試してみたとします。しばらくして体調がよくなったように感じると、「やはり、この食品は身体によいのだ」と思うかもしれません。
その後、同じ食品の効果を紹介する記事を見つけると、興味を持って読みたくなります。一方で、効果には十分な根拠がないという情報を目にすると、「この研究は本当に正しいのだろうか」と疑問を感じることもあるでしょう。
こうした反応は、健康情報に限ったことではありません。
自分が選んだ商品、応援している人の言動、仕事で下した判断、社会問題についての意見など、私たちはさまざまな場面で、自分の考えを支持する情報に安心し、反対の情報には抵抗を感じることがあります。
では、なぜ私たちは、自分の考えに合う情報を求めやすいのでしょうか。
心理学では、自分がすでに持っている考えや予想を支持する情報を集めたり、重く評価したりする傾向を「確証バイアス」と呼びます。
もちろん、自分の考えに合う情報が間違っているとは限りません。しかし、考えに合うという理由だけで情報を信じ、合わないという理由だけで退けてしまえば、見えてくる事実は次第に偏っていきます。
大切なのは、自分の考えを持たないことではありません。自分の考えを支持する情報にも、反対する情報にも、その根拠を確かめる姿勢を持つことです。
自分が信じたいことと、事実として確かめられること。その違いに気づくことが、認識を深める第一歩になります。
今回は、自分の信念を守ろうとする心の働きを見つめながら、情報に振り回されず、より確かな判断へとつなげる方法を考えていきます。
第一章 自分の考えを支持する情報を求めるのはなぜか?
人間は、目の前の情報をすべて同じように扱っているわけではありません。
これまでの経験や知識、価値観、感情などを手がかりに、何に注目し、何を重要だと判断するかを決めています。
そのため、すでに自分が正しいと考えていることについては、それを支持する情報に気づきやすくなります。反対に、信念と食い違う情報は、受け入れにくく感じられることがあります。
心理学では、このように、自分の考えに合う情報には目が向きやすく、合わない情報は受け入れにくくなる傾向を「確証バイアス」と呼びます。
簡単にいえば、自分が正しいと思っていることを、裏づける情報ばかり集めてしまう心の働きです。
たとえば、ある人が「自分は人から嫌われやすい」と思っているとします。
誰かが挨拶を返してくれなかったときには、「やはり嫌われている」と考えるかもしれません。一方で、親切に接してくれた人がいても、「たまたま機嫌がよかっただけだろう」と受け流してしまうことがあります。
同じ人の行動であっても、自分の考えに合う出来事は強く受け止め、合わない出来事は軽く扱ってしまうのです。
このようなことは、人間関係に限りません。仕事、健康、政治、社会問題、商品選びなど、さまざまな場面で起こり得ます。
もちろん、自分の考えを支持する情報が、必ず間違っているわけではありません。
重要なのは、情報が自分の考えに合っているかどうかと、その情報に十分な根拠があるかどうかを、分けて考えることです。
第二章 信念を守りたくなる心の働き
では、反対の情報に出会うと、なぜ受け入れにくくなるのでしょうか。
その背景には、いくつかの心理的な働きがあります。
1.自分の判断が間違っていたと認めたくない
私たちは、自分なりに考え、時間をかけて選び、信じてきたことを簡単には手放せません。
たとえば、長年信頼してきた人の言動に問題があると分かったとき、その事実を認めることには抵抗が生じるかもしれません。
相手を信じてきた自分自身の判断まで、間違っていたように感じられるからです。
しかし、一つの判断が間違っていたからといって、それまでの経験や自分自身の価値がすべて否定されるわけではありません。
過去の判断を振り返り、必要に応じて修正することは、失敗ではなく、学びの一部です。
2.安心できる考えを維持したい
慣れ親しんだ考え方は、私たちに安心感を与えます。
反対に、これまで信じていたことと異なる情報は、不安や戸惑いを生むことがあります。
特に、自分の生活や健康、家族、仕事などに深く関わる問題では、事実を知ることそのものが心理的な負担になる場合もあります。
そのため、無意識のうちに安心できる情報を選び、不安を感じさせる情報から距離を置くことがあります。
ただし、安心できる情報が必ず正しいわけでも、不安を感じさせる情報が必ず正しいわけでもありません。
安心感と情報の正確さは、別の基準で確かめる必要があります。
3.自分の所属する集団や人間関係を守りたい
人は、家族や友人、職場、地域、社会的な集団など、さまざまなつながりの中で生きています。
自分が所属する集団の考え方に反対すると、仲間から距離を置かれるのではないかと不安になることがあります。
その結果、自分では十分に納得していなくても、周囲と同じ意見を支持したり、集団にとって都合のよい情報を受け入れたりすることがあります。
これは、単に知識が足りないから起こるのではありません。人とのつながりを大切にする心が、判断にも影響するためです。
しかし、誰かと良好な関係を保つことと、その人の意見をすべて正しいと認めることは同じではありません。
互いの違いを認めながら関係を築くこともできます。
第三章 情報があふれる社会で、偏りはどのように強まるのか?
現在は、インターネットやSNSを通じて、膨大な情報に触れられる時代です。
以前なら簡単には見つからなかった専門家の解説や研究資料、さまざまな立場の人の意見にもアクセスできます。
一方で、情報が多いからといって、必ずしも認識が深まるとは限りません。
自分の考えに合う情報だけを検索し、同じ意見を持つ人の投稿を読み続ければ、自分の考えが多くの人に支持されているように感じることがあります。
SNSなどの推薦システムも、利用者の閲覧や反応に応じて、関心に合いそうな情報を表示することがあります。その仕組みや影響はサービスによって異なりますが、利用者自身の情報選択と重なることで、似た内容に繰り返し接する状況が生まれ得ます。
その結果、反対の意見に触れる機会が減り、自分の考えがどの程度の根拠を持っているのかを確かめにくくなることがあります。
さらに、同じ主張を何度も目にすると、内容を十分に検証していなくても、見慣れているという理由で、もっともらしく感じる場合があります。
ここで注意したいのは、繰り返し目にする情報の多さは、その情報の正しさを保証しないということです。
また、反対の意見を見つければ、それだけで公平な判断ができるわけでもありません。根拠の乏しい主張と、信頼性の高い研究結果を、単に「両方の意見」として同じ重さで扱うことも適切ではありません。
大切なのは、賛成と反対の情報を機械的に同じ数だけ集めることではなく、それぞれの根拠や情報源、確かさを検討することです。
『Seeing What We Want to See』
「見たいものを見る」
美術館に並ぶ異なる絵画は、私たちの多様な見方を象徴しています。自分の好みや考えに合うものに意識が向くと、別の視点を見落としがちです。自分の考えだけにとらわれず、異なる見方にも目を向けることが、認識を深める第一歩です。
第四章 自分の信念を守ることと、真実に近づくことの違い
ここまで見てきたように、私たちは自分の考えに合う情報を求めやすく、反対の情報を受け入れにくいことがあります。
しかし、確証バイアスがあるからといって、私たちの判断がいつも間違っているわけではありません。
これまでの経験や知識を手がかりに判断することは、日常生活に欠かせない働きです。
すべての情報を一から検証することはできないため、過去に確かめた知識や信頼できる情報源を活用することにも意味があります。
問題になるのは、自分の考えを支持する情報だけを正しいとみなし、反対の情報を確かめる前から退けてしまうことです。
ここで、自分自身に問いかけてみましょう。
-
この情報を信じているのは、十分な根拠があるからだろうか。それとも、自分の考えに合っているからだろうか。
-
もし反対の立場の人が同じ情報を示したら、私は同じように評価するだろうか。
-
自分の考えと矛盾する事実が見つかったとき、認識を修正する余地を残しているだろうか。
こうした問いは、自分の考えを否定するためのものではありません。
自分が何を根拠に判断しているのかを明らかにし、確かな部分と、まだ確かめる必要がある部分を区別するためのものです。
自分の信念を大切にすることと、その信念を絶対に変えないことは違います。
むしろ、根拠が十分にあるときには判断を維持し、新しい事実によって見直す必要が生じたときには修正できる。
その柔軟さが、認識の精度を高めるうえで重要になります。
真実を観るとは、自分の考えを守り抜くことではなく、自分の考えもまた、確かめ直す対象にできることなのです。
第五章 認識を深めるための五つの実践
では、日常生活の中で、確証バイアスに気づき、より確かな判断につなげるには、どうすればよいのでしょうか。
特別な知識がなくても、次の五つを意識することから始められます。
1.事実と解釈を分ける
まず、実際に起きたことと、それについて自分が考えたことを分けてみます。
たとえば、知人にメッセージを送ったのに返信がないとします。
「返信がない」というのは、確認できる事実です。
一方、「自分を嫌っているから返信しないのだ」というのは、その事実に対する解釈です。
相手が忙しい、まだメッセージを読んでいない、返信を忘れているなど、別の可能性も考えられます。
事実と解釈を分けるだけでも、最初に浮かんだ考えを、そのまま真実だと決めつけずに済みます。
2.自分が何を信じたいのかを観察する
情報に触れたとき、内容だけでなく、自分の反応にも目を向けてみます。
「この情報を読んで安心したのはなぜだろう」
「反対の意見に、なぜこんなに腹が立つのだろう」
「自分の判断が間違っていたと認めたくないのだろうか」
このように問いかけることで、情報そのものへの評価と、自分の感情や欲求を区別しやすくなります。
感情が生じること自体は、悪いことではありません。感情は、自分が何を大切にしているのかを知る手がかりにもなります。
ただし、強い感情が生じたときほど、その感情だけで情報の正しさを決めないことが大切です。
3.反対の情報を、結論を急がずに確かめる
自分の考えと異なる情報に出会ったら、すぐに受け入れる必要も、すぐに否定する必要もありません。
まずは、何を根拠に主張しているのかを確かめます。
その際には、元の資料や研究、一次情報に当たれるか、情報の出所は明らかか、専門家の見解や複数の独立した資料と整合しているか、といった点を確認します。
反対意見を探す目的は、自分の考えを無理に否定することではありません。自分の判断に見落としがないかを確かめることです。
4.自分の考えが間違っているとしたら、何が必要かを考える
これは、自分の信念を見直すための有効な問いです。
たとえば、「この方法は必ず効果がある」と考えているなら、どのような結果が得られたら、その考えを見直す必要があるのかを考えてみます。
もし、どのような情報が出てきても「それは例外だ」「調査方法が悪い」と説明してしまうなら、自分の考えが検証できない形になっていないか、立ち止まる必要があります。
もちろん、個々の研究には限界があり、一つの反例だけで結論が覆るとは限りません。それでも、どのような根拠があれば判断を修正するのかをあらかじめ考えておくことは、都合のよい説明だけを重ねることを防ぐ助けになります。
5.判断を固定せず、必要に応じて更新する
一度出した結論を、いつまでも変えてはいけないと考える必要はありません。
新しい情報が得られたり、根拠を詳しく調べたりすることで、最初の判断が変わることもあります。
そのとき、「以前は間違っていた」と自分を責めるのではなく、「今は、以前より多くのことが分かった」と捉えてみましょう。
大切なのは、いつも正しい判断をすることではなく、間違いや見落としに気づいたときに、認識を修正できることです。
以上の五つをまとめると、次のようになります。
事実と解釈を分ける
⇩
自分の反応を観察する
⇩
異なる情報を確かめる
⇩
判断の根拠を問い直す
⇩
新しい根拠に応じて認識を更新する
この流れを日常の中で繰り返すことが、認識の精度を少しずつ高めていきます。
おわりに 信念を守る心から、真実を確かめる姿勢へ
私たちは、自分の考えに合う情報を求め、反対の情報を遠ざけてしまうことがあります。
そこには、自分の判断を正しいと思いたい気持ち、安心していたい気持ち、人とのつながりを守りたい気持ちなど、さまざまな心の働きがあります。
だからこそ、認知バイアスを知ることは、単に「自分は偏っている」と反省するためだけのものではありません。
自分の認識が、どのような経験や感情、信念によって形づくられているのかを理解するための手がかりになります。
自分の考えに合う情報を見つけたときには、その根拠を確かめる。
反対の情報に出会ったときには、すぐに拒絶せず、何が事実で、何が解釈なのかを見極める。
そして、
新しい根拠が得られたときには、必要に応じて判断を見直す。
こうした姿勢は、いつも迷いなく答えを出すこととは違います。
むしろ、自分の認識には限界があることを受け入れながら、より確かな理解へと近づいていく姿勢です。
「真実を観る眼力」とは、他者の誤りを見抜く力だけではありません。
自分自身の思い込みや見落としにも気づき、認識を深めていく力でもあります。
自分の信念を守ることに意識を向けるのか。
それとも、
自分の信念も確かめ直しながら、より確かな真実に近づこうとするのか。
その違いは、日々の小さな情報の受け取り方や、判断の積み重ねの中に表れます。
自分の考えを持ちながらも、その考えに閉じこもらないこと。
そこに、認識を深め、より良い選択へとつなげていくための大切な一歩があるのではないでしょうか。
