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真実を観る眼力198 「習慣は、どのように私たちの人生をつくるのか?」 ― 無意識に繰り返す行動と、変化する脳と身体 ―
はじめに
私たちの一日は、さまざまな習慣によって成り立っています。
朝起きて、顔を洗い、食事をする。
仕事に向かい、いつものように人と接する。
疲れたら休み、時間があればスマートフォンを見る。
こうした行動の多くは、毎回深く考えて選んでいるわけではありません。
気がつけば、いつものように同じことを繰り返しています。
しかし、少し立ち止まって考えてみると、私たちの人生は、このような何気ない行動の積み重ねによって形づくられているのではないでしょうか。
どのような時間の使い方をするのか。
どのような言葉を使うのか。
どのような人間関係を築くのか。
どのような情報に触れ、何に意識を向けるのか。
その一つひとつが、日々の生活をつくっています。
前回197では、「わかっているのに、なぜ行動に移せないのか?」という問いから、認識と行動の間にある心理的・身体的・環境的な要因を考えました。
今回は、その行動が繰り返されることで、どのように習慣となり、私たちの脳や身体、そして人生に影響していくのかを考えてみたいと思います。
私たちは、自分の意志で人生を選択しているつもりでも、実際には、これまで身につけてきた習慣に大きく影響されているのかもしれません。
日々の小さな習慣を観察することは、自分がどのような人生をつくっているのかを観察することでもあるのです。
第一章 習慣とは何なのか?
習慣とは、同じような状況で、特定の行動を繰り返すうちに、次第に意識的な判断を必要とせずに行えるようになる行動のことです。
例えば、朝起きたらカーテンを開ける。
食事の前に手を洗う。
歯を磨く。
帰宅したら決まった場所に荷物を置く。
こうした行動は、毎回「次は何をしようか」と考えなくても、自然に行えるようになっています。
これは、脳が過去の経験から行動のパターンを学習し、効率よく処理できるようになっているためです。
心理学の習慣研究では、行動が繰り返される状況と結びつくことで、自動的に起こりやすくなることが示されています。
Wendy WoodとDennis Rüngerによる2016年のレビュー論文「Psychology of Habit」でも、習慣は、目標を持って行動を繰り返す中で形成され、
日常の環境や状況によって呼び起こされる行動として整理されています。
つまり、習慣は単に同じことを何度も行うというだけではありません。
特定の状況と行動が結びつき、考える前に身体が動くようになる仕組みなのです。
この仕組みは、私たちの生活を効率化するうえで重要な役割を果たしています。
もし、朝起きるたびに、顔を洗う順番や歯ブラシの使い方まで一つひとつ考えなければならないとしたら、日常生活はとても大変になるでしょう。
習慣があるからこそ、私たちは多くの行動を無理なく繰り返すことができます。
しかし、その便利な仕組みには、もうひとつの側面があります。
それは、今の自分に合わなくなった行動も、習慣として残り続けることがあるということです。
第二章 繰り返す行動が、脳の働きを変えていく
ここで、脳科学の視点から習慣を考えてみましょう。
私たちの脳には、
経験や学習に応じて、神経回路の働きや結びつきが変化する性質があります。
これを神経可塑性(脳の可塑性)といいます。
以前は、脳は成長期に大きく発達し、大人になると変化しにくくなると考えられていました。
しかし、現在では、成人した後も学習や経験に応じて脳の働きが変化することが分かっています。
新しいことを学ぶ。
身体を動かす。
楽器を練習する。
言葉を覚える。
繰り返し経験する。
こうした活動は、脳の神経回路の働きに影響を与えます。
例えば、楽器を演奏する人は、練習を通じて指の動きや音を聞き分ける能力を身につけていきます。
最初は一つひとつの動きを意識しなければできなかったことも、練習を重ねるうちに、より自然に行えるようになります。
これは、単に指の動きが上達したというだけではありません。
脳が経験を通じて情報を処理する仕組みを調整し、必要な動作をより効率的に行えるようになっているのです。
神経可塑性と学習の関係については、KleimとJonesによる2008年の研究レビューなどでも整理されています。
また、成人の脳でも、経験に応じた構造的な変化が確認されていることが報告されています。
ただし、脳の変化は単純に「繰り返せば必ず能力が高まる」というものではありません。
経験の内容や質、個人差、身体の状態などによって異なります。
ここで大切なのは、
脳が固定されたものではなく、
経験との関係の中で変化し続けている
ということです。
私たちは、日々の経験によって脳を使い、その脳の変化を通じて、次の行動や学習にも影響を受けているのです。
第三章 習慣は、身体にも刻まれていく
習慣というと、頭の中で行われる学習や心理的な癖を思い浮かべるかもしれません。
しかし、習慣は身体とも深く関係しています。
例えば、長時間座って仕事をする生活が続けば、身体を動かす機会が少なくなります。
反対に、毎日歩くことを習慣にしている人は、歩くための身体の使い方や持久力を少しずつ身につけていきます。
また、いつも同じ姿勢でスマートフォンを見ていれば、その姿勢が日常の身体の使い方として定着していくこともあります。
身体は、日々の活動に応じて変化します。
筋肉や心肺機能、バランス能力、柔軟性なども、日常の活動や運動習慣の影響を受けます。
さらに、睡眠や食事、休息の習慣も、身体のリズムやコンディションに関係しています。
ここで思い出したいのが、これまで取り上げてきた「身心相関」という考え方です。
身体の状態は心の働きに影響し、
心の状態もまた身体の働きに影響します。
疲れているときには、普段なら気にならないことが気になったり、物事を悲観的に受け止めたりすることがあります。
反対に、適度に身体を動かした後には、気分がすっきりすることもあります。
もちろん、身体活動だけですべての心の問題が解決するわけではありません。
しかし、身体の状態が感情や思考、行動と無関係ではないことは、日常の経験からも感じられるのではないでしょうか。
つまり、習慣は脳の働きだけでなく、身体の状態や心の働きにも関係しながら、私たちの生活全体を形づくっているのです。
毎日どのように身体を使っているかは、
毎日どのように生きているか
にもつながっています。
「身心相関」 身体の柔軟と心の柔軟
第四章 習慣は、私たちの認識まで形づくる
ここから、今回のテーマを「真実を観る眼力」という視点から、もう一歩深めてみたいと思います。
習慣は、身体の動きだけに関係するものではありません。
私たちが何を見て、何に気づき、
どのように受け止めるかという、
認識の働きにも関係しています。
例えば、いつも人の欠点に目が向いてしまう人は、他人の言動を評価することが習慣になっているのかもしれません。
反対に、相手の立場や背景を考えることが習慣になっている人は、同じ出来事でも異なる側面に気づくことがあります。
また、失敗を恐れる経験を繰り返してきた人は、新しいことに直面したとき、可能性よりも危険を先に考えるようになることがあります。
これは、
過去の経験によって身についた認識の傾向が、
現在の情報の受け取り方に影響していると考えることができます。
私たちは、目の前にある情報を、いつも何の先入観もなく受け取っているわけではありません。
過去の経験や記憶、期待、感情などを通して、物事に意味づけをしています。
そして、その意味づけの仕方も、
繰り返しによって定着していくことがあります。
例えば、
「どうせ自分にはできない」
という考えを何度も繰り返していると、新しいことに挑戦する前から、できない理由を探すようになるかもしれません。
反対に、
「まずは試してみよう」
という姿勢を繰り返していれば、失敗を学習の機会として捉えやすくなる場合があります。
もちろん、前向きな言葉を繰り返せば、必ず現実が変わるということではありません。
大切なのは、
どのような情報に注意を向け、
どのような意味づけを繰り返しているのかを観察することです。
ここで、私たちは次のような関係に気づきます。
認識が行動に影響し、
行動の繰り返しが習慣をつくり、
その習慣が再び認識に影響する。
この循環が、私たちのものの見方や行動の傾向を形づくっているのです。
第五章 習慣には、人生を支えるものと、縛るものがある
ここまで考えてくると、習慣には二つの側面があることが分かります。
ひとつは、私たちの生活を支えてくれる習慣です。
規則正しい生活。
適度な運動。
十分な睡眠。
人の話をよく聞くこと。
感謝を言葉にすること。
物事を落ち着いて考えること。
こうした習慣は、日々の生活を整え、人との関係を豊かにする助けになることがあります。
もうひとつは、私たちの行動や認識を狭めてしまう習慣です。
必要以上に他人と比較する。
失敗を恐れて行動を避ける。
感情的になってすぐ反応する。
疲れていても無理を続ける。
自分の考えと違う情報を遠ざける。
こうした習慣は、知らないうちに自分の選択肢を狭めてしまうことがあります。
しかし、ここで注意したいのは、習慣そのものに単純な善悪があるわけではないということです。
例えば、失敗を避ける習慣は、危険を回避する場面では自分を守る働きをします。
他人に気を配る習慣も、人間関係を円滑にするうえで役立つことがあります。
ただし、それが過剰になれば、新しいことに挑戦できなくなったり、自分の気持ちを伝えられなくなったりすることもあります。
つまり、
以前は自分を守ってくれていた習慣が、
今の自分にとっては行動を制限するものになっている場合もあるのです。
大切なのは、自分の習慣を一方的に否定することではありません。
その習慣は、今の自分の生活に本当に役立っているのだろうか。
その習慣によって、自分や他者にどのような影響が生まれているのだろうか。
その行動を続けることによって、どのような未来につながっていくのだろうか。
こうした問いを持つことです。
習慣を観察するとは、
過去の自分が身につけた行動を、
今の自分の視点から見直すこと
でもあるのです。
第六章 新しい習慣は、どのようにつくられるのか?
では、これまでの習慣を見直し、新しい行動を身につけるには、どうすればよいのでしょうか。
大きな目標を立てて、強い意志で一気に変えようとすることもできます。
しかし、急激な変化は負担になることがあります。
習慣をつくるうえでは、日常の中で無理なく繰り返せる行動を考えることが大切です。
1.今の自分の習慣を観察する
まず、普段どのような行動を繰り返しているのかを見てみます。
朝起きてから何をしているのか。
どのようなときにスマートフォンを見ているのか。
疲れたときに、どのような行動を取っているのか。
人の言葉に対して、どのように反応しているのか。
自分の行動を責めずに、事実として観察してみます。
2.小さな行動を選ぶ
最初から大きく変える必要はありません。
いつもより少し早く寝る。
短い時間でも歩いてみる。
朝、窓を開けて外の空気を感じる。
相手の話を最後まで聞いてから返事をする。
小さな行動であっても、繰り返すことで新しい経験になります。
3.行動するきっかけをつくる
習慣は、特定の状況や環境と結びついて形成されやすくなります。
例えば、朝食の後に短いストレッチをする。
帰宅したら、まず水を飲む。
寝る前には、スマートフォンを少し離れた場所に置く。
このように、すでにある生活の流れに新しい行動を組み合わせると、取り組みやすくなることがあります。
4.できない日があっても、また始める
習慣づくりで大切なのは、毎日完璧に続けることではありません。
体調が悪い日もあれば、予定が変わる日もあります。
一日できなかったからといって、それまでの努力がすべて失われるわけではありません。
自分の状態に合わせて、また始めればよいのです
5.結果を振り返る
新しい行動を続けてみたら、自分にどのような変化があったのかを観察します。
身体の調子はどうか。
気持ちに変化はあったか。
以前より行動しやすくなったか。
生活の中で無理が生じていないか。
その結果をもとに、行動の内容や方法を調整していきます。
習慣は、決めたことを機械的に続けるだけで完成するものではありません。
自分の状態や環境に合わせて、見直しながら育てていくものでもあります。
第七章 習慣を変えることは、自分の未来を選び直すこと
ここまで、習慣と脳、身体、認識の関係を考えてきました。
私たちは、
過去の経験から行動を学び、
その行動を繰り返すことで習慣を身につけていきます。
そして、
その習慣が、現在の行動や認識に影響を与えています。
つまり、今の自分は、生まれ持った性質だけで決まっているわけではありません。
これまでに経験してきたこと。
身につけてきた習慣。
日々の生活環境。
繰り返してきた選択。
そうしたものが重なり合って、現在の自分を形づくっています。
しかし、ここで忘れてはならないことがあります。
過去に身につけた習慣は、必ずしもこれからの人生を決めるものではないということです。
脳には経験に応じて変化する可塑性があります。
私たちの行動も、環境や経験、学習によって変化する可能性があります。
もちろん、年齢や健康状態、生活環境などによって、変化のしやすさや必要な時間は異なります。
それでも、自分の習慣に気づき、今の自分に合った行動を少しずつ選び直すことはできます。
ここで、これまでの「真実を観る眼力」の流れを振り返ってみましょう。
私たちは、感じたことをそのまま真実だと決めつけず、自分の認識を観察することを学んできました。
そして、分かっているのに行動できない理由を考え、今回は、日々の行動が習慣となり、自分の人生に影響していることを見てきました。
この流れは、次のように表すことができます。
認識 → 判断 → 行動 → 習慣 → 経験 → 新たな認識
この循環の中で、私たちは日々、自分自身をつくり続けているのです。
だからこそ、何気ない一日の過ごし方にも意味があります。
今日、何に意識を向けるのか。
どのような言葉を選ぶのか。
どのような行動を繰り返すのか。
どのような経験を自分の中に積み重ねていくのか。
それらは、小さなことのように見えても、長い時間の中では人生の方向に関係していきます。
終わりに
「習慣は、どのように私たちの人生をつくるのか?」
今回の問いから見えてきたのは、習慣が単なる行動の繰り返しではないということです。
習慣は、脳の学習や身体の使い方と関係し、感情や認識、日々の選択にも影響を与えています。
そして、私たちが何気なく繰り返している行動が、少しずつ自分の生活や人間関係、ものの見方を形づくっているのです。
だからといって、すべての習慣を変える必要はありません。
今の自分を支えてくれている習慣は、大切にすればよいのです。
一方で、自分を苦しめている習慣や、他者との関係を狭めている習慣に気づいたなら、少しずつ見直していけばよいのではないでしょうか。
大切なのは、過去の自分を否定することではありません。
これまでの経験によって身についた自分の行動を理解し、
今の自分にとって必要なものを選び直していく
ことです。
そして、その選択を日々の小さな行動につなげていくことです。
ここで、最後にひとつ問いを残したいと思います。
私たちは、自分の人生をつくっているつもりで、実は、いつもの習慣に人生をつくられているのではないでしょうか。
もしそうだとしたら、これからの人生を変えるために必要なのは、特別な出来事や大きな決断だけではないのかもしれません。
毎日の何気ない行動に気づき、
その一つひとつを見直していくこと。
そこから、新しい自分の生き方が始まるのではないでしょうか。
人生は、一度の大きな選択だけでつくられるのではありません。
日々の小さな選択と、
その積み重ねによって形づくられていくのです。
次回は、もう少し視野を広げて考えてみたいと思います。
自分を大切にすることと、他者を大切にすることは、両立できるのでしょうか。
自分の幸せを求めることと、他者の幸せを願うことは、対立するものなのでしょうか。
自分の人生を観るところから、他者との関係を観るところへ。
次回は、
「自分を大切にすることと、他者を大切にすることは両立できるのか?」
という問いから、自己尊重と共感、そして共生について考えてみたいと思います。
自分を知ることは、他者を理解するための出発点にもなるのではないでしょうか。
