asa insight
asa information 9月号⑦ 「なんとなく調子が出ない」は、心の問題だけなのか? ― 秋の身体から見えてくる「自分を感じる」ということ ―
はじめに
秋になると、少しずつ暑さが和らぎ、過ごしやすくなってきます。
それなのに、
「なんとなく身体が重い」
「朝からすっきりしない」
「よく眠れない」
「食欲がいつもと違う」
「気分が落ち着かない」
「何をするにも少し面倒に感じる」
そんなことはないでしょうか。
病気というほどではない。
けれど、いつもの自分とも少し違う。
こうした「なんとなく調子が出ない」という感覚は、つい「気持ちの問題」と考えてしまいがちです。
けれど、本当にそうなのでしょうか。
身体は、季節の変化を感じている
私たちの身体は、一年中まったく同じ状態で動いているわけではありません。
気温、湿度、日照時間、睡眠、食事、活動量。
周囲の環境が変われば、身体の働きも少しずつ変化します。
夏の暑さが長く続いたあとに気温が下がると、身体はその変化に適応しようとします。
睡眠や食欲、体温調節、自律神経の働きなどにも影響が出ることがあります。
だから、
「どうしてこんなに疲れているんだろう」
と思ったとき、
すぐに「自分が弱いから」「気持ちがだらけているから」と決めつける必要はありません。
身体は、環境の変化を受け取りながら、そのときの状態に適応しようとしているからです。
「心」と「身体」は、別々ではない
私たちは普段、
「身体の問題」と「心の問題」を分けて考えます。
身体が疲れていれば身体の問題。
気分が落ち込んでいれば心の問題。
けれど、実際の生活では、そんなにはっきり分けることはできません。
睡眠が足りなければ、気持ちも不安定になりやすい。
疲れていれば、普段なら気にならないことが気になってしまう。
身体が冷えていれば、活動する気力が出にくくなることもある。
反対に、心配事が続けば眠りにくくなり、身体の疲労として感じられることもあります。
つまり、
心と身体は、互いに影響し合いながら、一つの生活をつくっています。
このような心と身体のつながりを表す考え方の一つに、
東洋思想の「身心相関(しんしんそうかん)」があります。
文字どおり、
「身」と「心」は、互いに関係し合っている
という考え方です。
身体の状態が心に影響し、心の状態もまた身体に影響する。
どちらか一方だけを見るのではなく、身体と心を一つのつながりとして捉える。
これは、現代の生活を考えるうえでも、とても身近な感覚ではないでしょうか。
たとえば、心配事があると眠れない。
眠れない日が続けば、身体が重くなる。
身体が疲れてくれば、些細なことにもイライラしやすくなる。
その状態でさらにストレスを受ければ、また心が疲れていく。
このように、
心と身体は、互いに影響を与えながら循環しています。
だから「なんとなく調子が出ない」ときも、
「これは身体の問題なのか?」
「それとも心の問題なのか?」
と、どちらか一方に決めつけなくてもいいのかもしれません。
身体は、言葉になる前の変化を感じている
私たちは、疲れや不安をいつも言葉で自覚しているわけではありません。
緊張すると肩に力が入る。
不安になると呼吸が浅くなる。
安心すると、ふっと身体の力が抜ける。
心配事が続くと眠りが浅くなる。
反対に、よく眠れた朝には身体が軽く感じられる。
こうした身体の変化は、私たちが「疲れています」「緊張しています」と言葉にするより先に現れることがあります。
だからこそ、身体の感覚は、自分の状態を知るための手がかりになります。
たとえば、
「今日は少し眠い」
「人に会うより、静かに過ごしたい」
「温かいものが飲みたい」
「早く家に帰りたい」
「少し横になりたい」
そんな小さな感覚です。
もちろん、こうした感覚がいつも正しい判断を示しているわけではありません。
思い込みや過去の経験、その日の気分が影響することもあります。
だから、
感じたことを、そのまま事実だと決めつける必要はありません。
まずは、
「今、自分はそう感じている」
と気づいてみる。
それだけでも、自分自身の状態を少し客観的に見ることができます。
「自分を感じる」ということ
忙しい毎日を送っていると、私たちは頭の中で物事を考えることに意識が向きがちです。
「今日はこれをしなければ」
「明日はどうしよう」
「相手はどう思っているだろう」
「もっと頑張らなければ」
そんなことを考えているうちに、
「自分の身体は今、どう感じているのだろう」
という感覚を置き去りにしてしまうことがあります。
本当は疲れているのに頑張り続ける。
眠いのにスマートフォンを見続ける。
静かに休みたいのに予定を詰め込む。
身体が冷えているのに我慢する。
そうした小さな無理が積み重なると、身体からのサインが大きくなっていくことがあります。
だから、ときどき立ち止まってみる。
朝、目が覚めたとき、
「今日は身体が軽いだろうか?」
温かい飲み物を飲んだとき、
「身体がほっとしているだろうか?」
外へ出たとき、
「今日の空気を身体はどう感じているだろう?」
山や公園を歩いたとき、
「呼吸はどうなっているだろう?」
そんなふうに、身体に意識を向けてみる。
答えを出す必要はありません。
ただ感じてみる。
それだけでも、自分とのつながりを取り戻す時間になります。
「秋の空気を、身体いっぱいに感じる」....恵那の森
「自分を大切にする」とは
「自分を大切にする」というと、
好きなことをする。
嫌なことをしない。
ゆっくり休む。
そんなことを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それも大切です。
けれど、そのもっと手前にあるのは、
「今、自分はどんな状態なのか」に気づくこと
なのではないでしょうか。
今日は疲れている。
少し眠れていない。
思っていたより緊張している。
身体が冷えている。
食欲が落ちている。
心が落ち着かない。
まず、その状態に気づく。
そして、
少し早く眠る。
温かいものを食べる。
ゆっくりお風呂に入る。
外の空気を吸う。
自然の中を歩く。
何もしない時間をつくる。
必要なら予定を少し減らす。
そんな小さな選択をする。
自分を大切にすることは、自分の状態を無視しないことでもあるのです。
秋は、内側に目を向ける季節
夏は、外へ向かう季節です。
暑い日差しの中で活動し、人と会い、出かけ、身体を動かす。
一方、秋になると、少しずつ空気が変わります。
日が短くなり、朝夕の気温も下がっていきます。
自然の変化に合わせるように、私たちの生活にも静かな変化が訪れます。
温かいものが恋しくなる。
少し長く眠りたくなる。
静かな場所で過ごしたくなる。
夕暮れをゆっくり眺めたくなる。
自然の中を歩きたくなる。
そんな変化もまた、季節とともに身体や心が変化している一つの表れなのかもしれません。
秋は、外の世界だけではなく、
自分の内側にある小さな変化にも目を向ける季節
なのかもしれません。
「感じる」ことと「決めつける」ことは違う
ここで大切なのは、
「身体がそう感じているから、それが自分の本当の答えだ」
と考えることではありません。
身体の感覚も、心の感情も、私たちに届く情報の一つです。
だから、
感じる。
気づく。
少し離れて観る。
そして考える。
そのうえで、
自分にとって必要なことを選んでいく。
この順番が大切なのかもしれません。
「なんとなく嫌だ」と感じたからといって、すぐに相手を否定する必要はない。
「疲れた」と感じたからといって、すべてを投げ出す必要もない。
まず、
「私は今、そう感じている」
と気づく。
その感覚を否定も肯定もせず、
一度、そのまま観てみる。
そこから、
「では、今の自分には何が必要なのだろう?」
と考えてみる。
それは、「感じること」と「考えること」を対立させないための一つの方法でもあります。
「自分を感じる」ことから、人生の選択が始まる
ここまで「真実を観る眼力」では、
「自分とは何なのか」
「なぜ人は反応してしまうのか」
「自分を大切にするとは何なのか」
「疲れると認識そのものが変わる」
「いい人を演じること」
「何もしない時間」
「本当に欲しいもの」
そして、
「幸せとは何なのか」
ということを見てきました。
一見すると、それぞれ違うテーマのように見えます。
けれど、振り返ってみると、その根底には、
「自分を知る」
という共通したテーマがあります。
そして、自分を知るためには、頭で自分について考えるだけでは足りないのかもしれません。
身体がどう感じているのか。
心が何を感じているのか。
何に疲れ、何に安心し、何に心が動くのか。
そうした小さな変化にも目を向ける。
そこには、自分でもまだ言葉にできていない「自分」がいるかもしれません。
そして、
自分を感じることは、自分を知ることにつながっていく。
自分を知ることができれば、
「本当はどうしたいのか」
「何を大切にしたいのか」
「どんな選択をしたいのか」
ということも、少しずつ見えてくるのかもしれません。
秋の身体から、自分を観る
「なんとなく調子が出ない」。
その感覚は、単なる気分の問題ではないかもしれません。
季節の変化。
睡眠。
食事。
疲労。
ストレス。
生活リズム。
そして、心の状態。
さまざまなものが重なり合って、今の自分の状態をつくっています。
東洋思想の「身心相関」が示すように、心と身体は切り離されたものではなく、互いに影響し合っています。
だからこそ、
「どうして自分はこうなんだろう」
と責める前に、
「今の自分は、どんな状態なんだろう?」
と観てみる。
身体を感じる。
心を感じる。
そして、それを
少し離れたところから眺めてみる。
それは、自分を甘やかすことではありません。
自分を正しく知るための、小さな観察です。
秋の静かな時間。
いつもより少しだけ、
自分の身体に意識を向けてみる。
そこから届いてくる小さな感覚を、
すぐに判断せず、
ただ観てみる。
そして、
「今の自分には何が必要なのだろう?」
と問いかけてみる。
自分を感じること。
それは、
自分を知ること。
そして、
自分の人生を自分で選んでいくこと。
そのための、静かな第一歩なのかもしれません。
