asa insight

2026-09-06 19:31:00

asa information 9月号④ なぜ、子どもたちの心は追い詰められるのか ― 自殺・心の不調から見えてくる現代社会と、「自然とのつながり」を取り戻す意味 ―

私たちは便利になった社会を生きています。

いつでも、

誰とでも連絡を取ることができる。

知りたい情報は、

スマートフォンですぐに手に入る。

医療も進歩し、

生活はかつてないほど便利になりました。

しかし、その一方で、

私たちの「心」は、

本当に豊かになっているのでしょうか。

特に今、

見過ごすことのできない問題があります。

それが、

子どもや若者たちの心の問題です。

 

警察庁の統計では、2025年(令和7年)の自殺の状況が公表されています。近年、日本全体の自殺者数が長期的には減少傾向を示してきた一方で、子ども・若年層の自殺は深刻な社会問題として高い水準が続いています。政府の自殺対策白書でも、「若者の自殺」は重要な課題として取り上げられています。

(厚生労働省)

 

そして、この問題を、

単純に、

「本人の心が弱いから」

「家庭環境の問題だから」

「学校が悪いから」と、

一つの原因だけで説明することはできません。

そこには、

家庭。

学校。

人間関係。

経済的な問題。

将来への不安。

SNS。

情報環境。

孤立。

そして、

現代社会そのもののあり方が、

複雑に関係している可能性があります。

 

今回のasa information 9月号④では、

自殺や精神的な不調という深刻な問題から、現代社会と人間の心身の関係を考えます。

そして、

科学的な視点だけではなく、

これまで人間と自然の関係を大切にしてきた、

東洋思想やヴェーダの視点からも、

「人間が心身ともに健やかに生きるために必要なもの」を考えてみたいと思います。

 

第1章

日本の子どもたちに何が起きているのか

子どもの自殺という問題は、

単なる統計上の数字ではありません。

その一つひとつの数字の向こう側には、

かけがえのない人生があります。

日本政府も、

子ども・若者の自殺を、

重要な社会課題として位置づけています。

2025年版の自殺対策白書でも、若者の自殺をめぐる状況が大きく取り上げられています。(厚生労働省)

世界に目を向けても、

思春期のメンタルヘルスは、

大きな問題となっています。

世界保健機関(WHO)によれば、

世界では10~19歳のおよそ7人に1人が精神的な健康問題を経験するとされています。

また、

うつや不安などの精神的な問題は、

思春期の健康に大きな影響を与える重要な要因です。

 

つまり、これは、

一部の特別な人だけに起きる問題ではありません。

現代社会に生きる、

多くの子どもたちに関わる問題なのです。

 

第2章

自殺は、一つの原因だけでは起こらない

ここで、

非常に大切なことがあります。

自殺を、

一つの原因で説明してはいけません。

例えば、

「いじめがあったから」

「勉強が苦しかったから」

「SNSが原因だから」

というように、

単純化することはできません。

人が追い詰められていく背景には、

複数の要因が重なっていることがあります。

 

例えば、

【家庭の問題】

家庭内の不和。

経済的な困難。

虐待。

親との関係。

 

【学校での問題】

成績へのプレッシャー。

友人関係。

いじめ。

進路への不安。

集団生活への適応の難しさ

 

【社会的な問題】

将来への不安。

貧困。

孤立。

相談できる人がいないこと。

 

【情報環境の問題】

SNSによる人間関係の負担。

他人との比較。

誹謗中傷。

「常に誰かとつながっていなければならない」という圧力。

 

そして、

こうした要因が、

一つではなく、

いくつも重なったとき、

人の心は大きな負担を受ける可能性があります。

だからこそ、

この問題を、

個人の「心の弱さ」として片付けてはいけないのです。

子ども達が苦しんでいるという事は、子どもだけの問題ではない。」

「私たちの社会そのものに、何かを問いかけている可能性がある。」

 

第3章

「考えすぎる脳」は、なぜ疲れてしまうのか

私たちの脳は、

常に情報を処理しています。

学校では、

勉強。

テスト。

成績。

友人関係。

家に帰れば、

スマートフォン。

SNS。

動画。

ゲーム。

ニュース。

メッセージ。

現代の子どもたちは、

大人以上に、

膨大な情報環境の中で生活しています。

そして、

人間の脳は、

単に情報を受け取っているだけではありません。

その情報に対して、

常に意味を与えています。

「あの人は自分をどう思っているのだろう」

「自分は嫌われていないだろうか」

「成績が下がったらどうしよう」

「将来は大丈夫だろうか」

「みんなは楽しそうなのに、なぜ自分だけ……」

このような思考が、

繰り返されることがあります。

 

脳は「今ここ」にいない

人間には、

過去を思い出す能力があります。

そして、

未来を想像する能力もあります。

これは、

人類が発展するために、

非常に重要な能力でした。

しかし、

その能力が過剰に働くと、

私たちは、

「今ここ」ではなく、

過去や未来の中で生き続けることになります。

過去を思い出して後悔する。

未来を想像して不安になる。

他人と自分を比較する。

そして、

自分自身を責める。

 

身体は、

今ここに存在しています。

しかし、

意識だけが、

過去と未来を行ったり来たりしている。

これが長く続けば、

心身は休まりにくくなります。

 

第4章

ストレスと脳・身体の関係

強いストレスを受けると、

私たちの身体では、

さまざまな反応が起こります。

脳は危険を察知すると、

身体を、

「戦う」

「逃げる」

ための状態へ準備させます。

心拍数が変化する。

筋肉が緊張する。

呼吸が浅くなる。

身体は、

緊張状態へと入ります。

これは、

本来、

生命を守るために備わった重要な仕組みです。

しかし、

現代社会のストレスは、

猛獣から逃げれば終わるようなものではありません。

学校。

仕事。

人間関係。

将来への不安。

経済的な問題。

SNS。

こうしたストレスは、

何日も、

何週間も、

場合によっては何年も続きます。

すると、

脳も身体も、

十分に休息できなくなることがあります。

 

脳内物質だけで「心」は説明できない

精神的な不調について、

セロトニンやドーパミンなどの、

「脳内物質」だけで説明されることがあります。

確かに、

神経伝達物質は、

気分や意欲、

感情、

睡眠などに深く関わっています。

しかし、

「セロトニンが少ないから、うつ病になる」

というような単純な説明だけでは、

人間の心を理解することはできません。

精神の状態には、

脳の働きだけではなく、

睡眠。

身体活動。

人間関係。

生活環境。

ストレス。

遺伝的要因。

過去の経験。

社会的な環境。

さまざまな要素が関係しています。

つまり、

心は、

脳だけで孤立して存在しているのではありません。

脳は身体とつながり、身体は環境とつながっている。」

この視点が、

これからますます重要になるのではないでしょうか。

 

第5章

思考から「身体感覚」へ戻る

ここで、

9月号③で取り上げた、

身体感覚を感じる力

が重要になります。

私たちは、

苦しくなると、

さらに考えます。

「どうすればいいのだろう」

「なぜ自分はこうなのだろう」

「これからどうなるのだろう」

もちろん、

問題を考えることは必要です。

しかし、

心が極度に疲れているとき、

さらに考え続けることで、

思考の迷路から抜け出せなくなることもあります。

 

そんなとき、

一度、

意識を身体へ戻してみる。

足が地面に触れている。

背中が椅子に触れている。

手は温かいのか。

冷たいのか。

呼吸は浅いのか。

深いのか。

肩に力が入っているのか。

こうした、

身体から届く情報に注意を向けます。

 

これは、

「悩みを考えないようにする」

ということではありません。

まず、

自分が今、

どのような状態にあるのかを、

身体から感じ取ることです。

 

第6章

自律訓練法と「身体へ意識を戻す」ということ

9月号③では、

身体感覚を感じる方法の一つとして、

自律訓練法を紹介しました。

自律訓練法では、

手足の重さ。

温かさ。

呼吸。

心臓の動きなどに、

静かに注意を向けます。

すると、

普段は、

外の世界や思考に向かっていた意識が、

少しずつ、

自分自身の身体へ戻ってきます。

ここで重要なのは、

「何か特別な感覚を得ること」ではありません。

 今、身体で何が起きているのかに気づく。

それだけでも、

一つの大切な訓練になります。

 

ただし、自律訓練法は医療や心理療法そのものの代替ではありません。精神的な症状が強い場合や自傷・自殺を考えている場合には、自己流で抱え込まず、医療機関や専門の相談窓口につながることが重要です。

 

第7章

日本には「あるがまま」を大切にする思想がある

日本には、

独自の心理療法として、

「森田療法」

があります。

森田療法では、

不安や恐怖、

不快な感情を、

無理に消そうとすることよりも、

まず、

その感情の存在を認め、

現実の生活の中で、

できることに取り組んでいく考え方を大切にします。

ここでいう、

「あるがまま」とは、

何もしないということではありません。

不安がある。

苦しみがある。

しかし、

その感情を完全に消そうとして、

さらに苦しむのではなく、

 

まず、

「今、自分は不安を感じている」と気づく。

 そのうえで、自分が今できることを行う。

 

これは、

9月号③で取り上げた、

「感じる」

というテーマとも、

深くつながっています。

 

第8章

自然から離れた人間

ここで、

もう一度、

人間と自然の関係について考えてみたいと思います。

現代社会では、

私たちは、

自然をコントロールする能力を高めてきました。

暑ければ、

エアコンを使う。

暗ければ、

照明をつける。

遠くへ行くために、

車や飛行機を使う。

食べ物は、

季節を問わず手に入ります。

これは、

人類の大きな進歩です。

しかし、

私たちは、

便利になった一方で、

自然のリズムから、

少しずつ離れてきたのかもしれません。

朝日とともに目覚める。

太陽の光を浴びる。

風を感じる。

歩く。

季節の食べ物を食べる。

夜になれば、

身体を休める。

かつての人間は、

自然の変化の中で生活していました。

そして、

その自然との関係を、

古代の人々は、

医学や哲学の中にも取り入れてきました。

 

第9章

ヴェーダが考える「人間と自然」

アーユルヴェーダでは、

人間を、

自然から切り離された存在とは考えません。

人間の身体も、

自然界と同じ法則の中にある

と考えます。

空。

風。

火。

水。

地。

五大元素は、

単なる物質の分類ではありません。

自然界の性質を理解するための、

一つの世界観です。

例えば、

秋から冬にかけて、

空気は、

乾燥し、

冷たくなります。

風も強くなります。

アーユルヴェーダでは、

こうした、

乾燥。

冷え。

動き。

不規則性といった性質が、

ヴァータと関連づけられます。

そして、

人間もまた、

自然環境の変化から影響を受ける存在として考えられます。

これは、

現代医学とは異なる、

伝統医学の概念です。

しかし、

そこには、

一つの重要な視点があります。

「人間は、自然の外側に存在しているわけではない。」

ということです。

 

Protecting lives

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第10章

東洋思想が見ていた「季節と心」

中国の五行思想でも、

自然界と人間は、

相互に関係するものとして考えられてきました。

木。

火。

土。

金。

水。

これらの変化と循環の中に、

人間の身体や感情も位置づけられています。

秋は、

「金」と関連づけられ、

伝統的には、

肺や、

「悲しみ」「憂い」との関係が語られてきました。

もちろん、

現代科学の立場から、

「秋だから悲しくなる」と、

単純に断定することはできません。

しかし、

季節の変化が、

私たちの睡眠、

活動量、

光への曝露、

生活リズムなどに影響し、

心身の状態と関係することは十分に考えられます。

東洋思想は、

何千年も前から、

 人間を、

 自然から切り離さず、

「環境との関係の中で生きる存在」

として見てきました。

この考え方には、

現代社会が、

もう一度考えるべき大切な視点があるのかもしれません。

 

第11章

子どもたちに必要なのは「もっと頑張ること」なのか

子どもたちは、

常に評価されています。

成績。

偏差値。

運動能力。

学校生活。

人間関係。

そして、

SNSの世界では、

見た目。

人気。

「いいね」の数。

フォロワーの数まで、

比較の対象になることがあります。

しかし、

人間の価値は、

数字だけで測れるのでしょうか。

効率。

成果。

競争。

比較。

こうした価値観だけが強くなると、

人間は、

「できる自分」と、

「できない自分」を比較し続けることになります。

そして、

「できない自分には価値がない」

と考えてしまう人も出てくるかもしれません。

しかし、

本来、

人間は、

機械ではありません。

疲れることもあります。

失敗することもあります。

休みたい日もあります。

悲しい日もあります。

自然界に、

一年中、

花を咲かせ続ける植物はありません。

春には芽吹き、

夏には成長し、

秋には実り、

冬には休む。

人間もまた、

常に成長し続けなければならない存在ではないのかもしれません。

 

第12章

「自然の中で生きる」ということ

自然に触れることだけで、

精神疾患や自殺を防げる、

ということではありません。

これは、

絶対に単純化してはいけません。

深刻な精神疾患には、

適切な医療や心理的支援、

社会的支援が必要です。

しかし、

私たちは、

心身の健康を考えるとき、

「薬」や「治療」だけではなく、

日常生活の環境にも、

もう少し目を向ける必要があるのではないでしょうか。

十分な睡眠。

適度な運動。

安心できる人間関係。

孤立しない環境。

自然光を浴びる。

外を歩く。

季節の変化を感じる。

土に触れる。

風を感じる。

これらは、

特別なことではありません。

 

しかし、

人間が、

人間らしく生きるための、

基本的な環境

なのかもしれません。

 

第13章

「感じる力」を取り戻すこと

現代社会では、

私たちは、

「考える能力」を、

非常に高めてきました。

しかし、

考えることばかりに意識が集中すると、

自分自身の身体が発している声を、

聞き逃してしまうことがあります。

疲れている。

しかし、

頑張る。

眠れていない。

しかし、

スマートフォンを見る。

苦しい。

しかし、

誰にも言わない。

身体は、

さまざまなサインを出しています。

心もまた、

何らかの形で、

助けを求めているかもしれません。

だからこそ、

必要なのは、

「もっと強くなること」だけではありません。

 

時には、

 立ち止まる。

 呼吸を感じる。

 身体を感じる。

 自然を感じる。

 

そして、

「今、自分はどうしているのだろう」

 と、自分自身に問いかけることです。

 

最終章

子どもたちの自殺という問題は、社会への問いかけである

子どもが、

未来を生きることに希望を見いだせなくなっているとしたら。

それは、

子どもだけの問題ではありません。

家庭だけの問題でもありません。

学校だけの問題でもありません。

社会全体が、

自分自身に問いかけなければならない問題です。

 

私たちは、

何を大切にしてきたのか。

何を豊かさと考えてきたのか。

子どもたちに、

どのような社会を残そうとしているのか。

科学技術は、

これからも進歩するでしょう。

AIも、

さらに発展するでしょう。

社会は、

ますます便利になるでしょう。

しかし、

どれほど社会が便利になっても、

人間が、

自分自身の身体を感じられない。

他人とのつながりを感じられない。

自然とのつながりを感じられない。

そして、

生きていることそのものを感じられないとしたら、

私たちは、

本当に豊かになったと言えるのでしょうか?

 

ヴェーダや東洋思想は、

長い歴史の中で、

人間を、

自然の一部として捉えてきました。

人間は、

自然を支配する存在ではない。

自然と切り離された存在でもない。

人間もまた、自然の循環の中に生きる存在である。

この視点を、

私たちは、

もう一度取り戻す必要があるのかもしれません。

 

asa information 9月号④

なぜ、子どもたちの心は追い詰められるのか

9月号①では、

地球環境を見つめました。

9月号②では、

季節の変化と身体の関係を考えました。

9月号③では、

自然と身体を感じる力について考えました。

そして、

9月号④では、

その先にある、

人間の心と社会の問題

に目を向けました。

 

自然を感じること。

身体を感じること。  

自分自身の心の状態に気づくこと。

 

それは、

すべての問題を解決する魔法ではありません。

しかし、

私たちが、

自分自身を見失わないための、

大切な第一歩になるのではないでしょうか。

 

そして、

一人ひとりが、

自分の苦しみに気づき、

誰かの苦しみにも気づくことのできる社会へ。

それこそが、

これからの時代に必要な、

新しい豊かさなのかもしれません。

 

【大切なお知らせ】

この記事は、自殺や精神的な不調について考えるための一般的な情報です。自分自身や身近な人に「死にたい」「消えたい」などの切迫した気持ちがある場合は、一人で抱え込まず、家族、学校、医療機関、地域の相談窓口など、信頼できる人や専門機関に早急につながってください。

子ども・若者の自殺は、個人の問題としてではなく、社会全体で取り組むべき重要な課題です。政府も自殺対策白書を通じ、若者の自殺を重点的な課題として位置づけています。

(厚生労働省)