asa insight
asa information 9月号 ③ 自然の力を感じる力
自然の変化を感じ取る力
現代社会では、
私たちは、
かつてないほど快適な環境の中で生活しています。
暑ければ、
エアコンをつける。
寒ければ、
暖房をつける。
夜になっても、
照明によって明るい生活を送ることができます。
これは、
科学技術がもたらした大きな恩恵です。
しかし、
便利で快適な生活の中では、
自然の変化を、
自分自身の身体で感じ取る機会が、
少しずつ減っているのかもしれません。
都市生活の中で失われつつある「身体感覚」
都市で生活していると、
一日の大部分を、
建物の中で過ごすことも珍しくありません。
朝起きる。
室内で過ごす。
車や電車で移動する。
職場や店舗に入る。
そして、
再び室内へ戻る。
そこでは、
気温が管理され、
照明によって明るさが保たれています。
さらに、
私たちの周囲には、
スマートフォン。
パソコン。
インターネット。
SNS。
動画。
ニュース。
広告。
さまざまな情報が、
絶え間なく流れています。
現代人は、
かつてないほど多くの刺激の中で、
生活しています。
問題は、
科学技術そのものではありません。
スマートフォンも、
インターネットも、
私たちの生活を豊かにする、
素晴らしい道具です。
しかし、
常に外から情報が入ってくる環境では、
自分自身の内側から届く、
小さな感覚に注意を向ける時間が、
少なくなってしまうことがあります。
私たちは「感じる前に考えている」のかもしれない
例えば、
外へ出て、
冷たい風が肌に触れたとします。
その瞬間、
本来は、
まず、
「冷たい」
という身体的な感覚が起こります。
しかし私たちは、
すぐに、
「今日は寒いな」
「もう秋になった」
「風邪をひくかもしれない」
と、
次々に考え始めます。
つまり、
身体が感じたものに、
すぐ思考が加わるのです。
もちろん、
考えることは悪いことではありません。
人間は、
経験をもとに考え、
判断し、
未来を予測する能力を持っています。
しかし、
私たちは時として、
実際に身体が感じているものよりも、自分の考えや過去の経験を通して世界を見ていることがあります。
例えば、
身体が疲れている。
しかし、
「まだ頑張らなければならない」
と考える。
眠い。
しかし、
「もう少しスマートフォンを見よう」
と考える。
お腹が空いていない。
しかし、
「食事の時間だから食べなければならない」
と考える。
身体から発せられる感覚よりも、
頭の中にある「こうあるべき」が優先されてしまう。
このような状態が続けば、
自分自身の身体が何を感じ、
何を必要としているのか、
分かりにくくなっていくかもしれません。
「ありのままに感じる」とは何か
では、
ありのままに感じるとは、
一体どういうことでしょうか?
それは、
特別な能力ではありません。
また、
思考を完全になくすことでもありません。
大切なのは、
何かを感じた瞬間に、
すぐ判断を下さないことです。
例えば、
「今日は何となく身体が重い」
と感じたとします。
そのとき、
すぐに、
「病気かもしれない」
「年齢のせいだ」
「疲れているに違いない」
と結論づけるのではなく、
まず、
その感覚を観察してみる。
身体のどこが重いのか。
昨日と何が違うのか。
冷えているのか。
眠いのか。
筋肉が疲れているのか。
気持ちが沈んでいるのか。
ただ、
自分自身の内側で起きていることを、
丁寧に観察する。
これが、
「感じる力」を取り戻す、
一つの入り口になるのではないでしょうか。
思考のフィルターを一度外してみる
私たちは、
常に世界を、
「自分」というフィルターを通して見ています。
過去の経験。
成功した記憶。
失敗した記憶。
知識。
常識。
好き嫌い。
価値観。
こうしたものが、
私たちのものの見方をつくっています。
例えば、
雨が降っている。
ある人は、
「嫌な天気だ」
と感じる。
別の人は、
「植物にとって恵みの雨だ」
と感じる。
さらに別の人は、
雨音を心地よいと感じるかもしれません。
同じ雨を見ても、
人によって感じ方は異なります。
つまり、
私たちは、
雨そのものを見ているだけではありません。
そこに、
自分自身の記憶や価値観を重ねています。
だからこそ、
時には、
自分の判断を少し脇に置いて、
目の前にあるものを、
もう一度見てみることも大切です。
「これは何だろう?」
と考える前に、
まず、
「今、何を感じているのだろう?」
と問いかけてみる。
この小さな違いが、
感性を磨くための、
大切な第一歩になるかもしれません。
「体感から直接感じる力」を磨く
では、
実際に、
どのようにすれば、
身体からの感覚を感じ取りやすくなるのでしょうか。
特別な修行をする必要はありません。
日常生活の中で、
少し意識を変えるだけでも、
自分自身の感覚に気づきやすくなります。
① 五感を意識して自然に触れる
自然の中を歩くとき、
「何キロ歩いた」
「何分歩いた」
ということだけに意識を向けるのではなく、
五感を使ってみます。
風は、
どの方向から吹いているのか。
肌に触れる空気は、
冷たいのか。
湿っているのか。
乾燥しているのか。
空には、
どのような雲があるのか。
どのような音が聞こえるのか。
木々は、
どのように揺れているのか。
重要なのは、
「これは何という鳥だろう」
「この木は何という名前だろう」
と知識を増やすことだけではありません。
まずは、
名前をつける前に、感じる。
ことです。
ただ、
見る。
聞く。
触れる。
香りを感じる。
これだけでも、
普段とは違った感覚が、
少しずつ開かれていくかもしれません。
② 身体の内部に意識を向ける
私たちは、
外側の世界には、
非常に注意を向けています。
スマートフォンの画面。
ニュース。
他人の言葉。
仕事。
予定。
しかし、
自分の身体の内部には、
意外なほど注意を向けていません。
そこで、
時々、
静かに座り、
自分の身体に意識を向けてみます。
呼吸は、
浅いのか。
深いのか。
肩に力が入っているのか。
顎を噛み締めていないか。
手足は冷えていないか。
心臓は、
どのように動いているのか。
お腹は、
緊張しているのか。
リラックスしているのか。
こうした、
身体の内部の状態を感じ取る能力は、
内受容感覚(インターオセプション)
と呼ばれています。
自分の身体から発せられる、
小さなサインに注意を向けることは、
自分自身の状態を知るためにも役立ちます。
③ 感じたことを、すぐ言葉にしない
これは、
非常に簡単でありながら、
現代人にとって難しい訓練かもしれません。
何かを感じたとき、
すぐに、
「暑い」
「寒い」
「気持ちいい」
「嫌だ」
と、
言葉にしない。
ほんの数秒だけ、
その感覚を、
言葉にする前に観察してみます。
例えば、
風を感じたとき。
「涼しい」
と判断する前に、
肌に触れている感覚を、
そのまま味わってみる。
呼吸をするとき。
「深呼吸しよう」
と考える前に、
空気が鼻から入り、
胸やお腹が動き、
そして、
息が出ていく過程を感じてみる。
私たちは、
言葉によって世界を理解しています。
しかし、
言葉になる前の、
身体的な感覚にも、
大切な情報が含まれています。
④ 「判断しない時間」をつくる
人間の脳は、
常に、
判断しています。
これは危険か。
これは安全か。
好きか。
嫌いか。
必要か。
必要ではないか。
生きていくために、
判断する能力は必要です。
しかし、
一日の中で、
少しだけ、
判断しない時間をつくってみる。
空を見て、
評価しない。
花を見て、
名前を調べない。
音を聞いて、
何の音か考えない。
ただ、
そこにあるものを感じる。
これは、
自然を理解するためというよりも、
自分自身の意識が、
常に「考えること」に占領されないための時間です。
⑤ 自律訓練法で「身体の声」を感じる
ここまで、
自然に触れる。
五感を使う。
身体の内部に意識を向ける。
すぐに判断しない。
という方法をご紹介してきました。
そして、
もう一つ、
「身体感覚を感じる力」を磨くために役立つ方法があります。
それが、
『自律訓練法』
です。
自律訓練法というと、
「リラックスするための方法」
というイメージを持つ人が多いかもしれません。
もちろん、
心身をリラックスさせることも大切な目的の一つです。
しかし、
自律訓練法には、
もう一つ重要な側面があります。
それは、
普段は意識することの少ない、自分自身の身体感覚に注意を向けること
です。
自律訓練法とは何か
自律訓練法は、
20世紀初頭にドイツの精神科医ヨハネス・ハインリヒ・シュルツによって体系化された心理生理学的なリラクセーション法です。
身体のある部分に意識を向けながら、
一定の言葉を心の中で静かに繰り返します。
例えば、
「右腕が重たい」
「右腕が温かい」
と、
ゆっくり心の中で感じていきます。
すると、
普段はほとんど意識していない、
腕の重さ。
皮膚の温度。
血流の感覚。
筋肉の緊張。
身体の内側の変化などに、
少しずつ注意が向くようになります。
重要なのは、
「本当に重たくしよう」
「温かくしよう」と、
無理に身体を変えようとすることではありません。
あくまでも、
「今、自分の身体で何が起きているのかを静かに感じる。」
これが、
自律訓練法の大切なポイントです。
なぜ身体感覚を感じやすくなるのか
私たちは、
外の世界から、
膨大な情報を受け取っています。
スマートフォンの画面。
仕事。
会話。
音。
映像。
ニュース。
人間関係。
こうした外部からの情報に意識が集中していると、
身体から送られてくる小さな情報は、
意識されにくくなります。
しかし、
自律訓練法では、
一度、
外の世界から少し距離を置き、
注意を自分の身体へ向けます。
すると、
脳は、
身体から送られてくる情報を、
より丁寧に処理するようになります。
身体感覚と脳の関係
私たちの身体には、
常にさまざまな感覚情報があります。
例えば、
皮膚から伝わる、
温度。
圧力。
触れられた感覚。
筋肉や関節から伝わる、
身体の位置。
筋肉の緊張。
手足の動き。
さらに、
心臓の鼓動。
呼吸。
胃腸の状態など、
身体の内側からも、
多くの情報が脳へ送られています。
こうした身体からの情報は、
脳のさまざまな領域で処理されています。
その一つが、
体性感覚野
です。
体性感覚野とは
体性感覚野は、
主に脳の頭頂葉にある領域で、
身体から送られてくる、
触覚。
温度感覚。
圧力。
痛覚。
身体各部の位置に関する感覚などの処理に重要な役割を果たしています。
例えば、
目を閉じていても、
自分の手が、
どこにあるのか分かります。
これは、
筋肉や関節などから送られてくる情報を、
脳が処理しているからです。
また、
腕に意識を向けることで、
今まで気づかなかった、
筋肉の緊張や、
皮膚の温度、
腕の重さなどを感じることがあります。
自律訓練法は体性感覚野を「活性化する」のか
ここで、
少し大切なことがあります。
自律訓練法によって、
体性感覚野だけが単純に「オンになる」と考えるのは正確ではありません。
脳は、
一つの部分だけが独立して働いているわけではないからです。
しかし、
身体の特定の部位に注意を集中させることによって、
その身体からの感覚情報に関係する神経ネットワークの活動や情報処理が高まると考えられます。
例えば、
右腕に意識を向ける。
すると、
皮膚。
筋肉。
関節などから伝わる感覚情報に、
脳の注意が向きます。
つまり、
自律訓練法では、
単に「リラックスする」のではなく、
意識を身体へ向ける
ということを繰り返しています。
この繰り返しによって、
普段は思考や外部情報に向いている注意を、
自分自身の身体感覚へ向ける練習になるのです。
身体を「考える」のではなく、身体を「感じる」
例えば、
自分の右腕に意識を向けたとします。
そのとき、
「右腕は筋肉と骨でできている」
「上腕二頭筋がある」
と考える必要はありません。
それは、
身体についての知識です。
自律訓練法で大切なのは、
知識ではなく、
体感です。
右腕は、
重く感じるだろうか。
温かいだろうか。
冷たいだろうか。
力が入っているだろうか。
何も感じないだろうか。
どのような感覚でも構いません。
大切なのは、
「正しく感じなければならない」と考えないことです。
自律訓練法を始めてみましょう
それでは、
初心者でも取り組みやすい、
基本的な方法をご紹介します。
最初は、
1回5分程度から始めても十分です。
【準備】
静かで、
比較的リラックスできる場所を選びます。
椅子に座っても、
ベッドや床に横になっても構いません。
ただし、
眠ってしまうほど疲れているときや、
眠気が強いときは、
椅子に座って行うほうがよいでしょう。
服装は、
身体を締めつけないものが理想です。
そして、
スマートフォンは、
できれば少し離れた場所に置きます。
第1段階
「手足が重たい」
まず、
目を軽く閉じます。
無理に深呼吸する必要はありません。
普段どおりの自然な呼吸を続けます。
そして、
心の中で、
ゆっくりと、
こう唱えます。
「右腕が重たい」
「右腕が重たい」
最初は、
何も感じなくても構いません。
次に、
左腕。
右脚。
左脚へと、
ゆっくり意識を向けていきます。
あるいは、
初心者の場合は、
全身に向けて、
「手足が重たい」
と繰り返してもよいでしょう。
ここで大切なのは、
身体を本当に重くしようとしないことです。
ただ、
身体に意識を向けます。
すると、
筋肉の力が少し抜け、
「何となく重い」
という感覚が現れることがあります。
第2段階
「手足が温かい」
次に、
身体の温かさに意識を向けます。
心の中で、
静かに、
「右腕が温かい」
「右腕が温かい」
と繰り返します。
その後、
左腕、
両手、
そして、
手足へと、
意識を広げていきます。
このときも、
「絶対に温かくならなければならない」
と思う必要はありません。
実際には、
温かさを感じる日もあれば、
何も感じない日もあります。
冷たさを感じることもあります。
どのような感覚も、
そのときの自分自身の身体から届いた情報です。
重要なのは、
結果をつくることではありません。
今、身体が何を感じているのかを観察すること。
です。
第3段階
呼吸を感じる
次に、
呼吸へ意識を向けます。
ここでも、
無理に呼吸をコントロールする必要はありません。
吸おう。
吐こう。
深く呼吸しよう。
と、
意識的に操作しなくても大丈夫です。
ただ、
呼吸を観察します。
空気が、
鼻から入ってくる。
胸やお腹が、
ゆっくり動く。
そして、
息が出ていく。
心の中で、
次のように感じます。
「呼吸が静かに行われている」
自分が呼吸をしているというよりも、
身体が、
自然に呼吸をしている。
そのように、
ただ観察してみましょう。
第4段階
心臓の鼓動を感じる
次に、
心臓の働きに意識を向けます。
無理に、
心拍数を数える必要はありません。
ただ、
胸のあたり。
あるいは、
身体全体の中に、
脈動のような感覚があるか、
静かに感じてみます。
心の中で、
「心臓は静かに動いている」
と、
観察します。
ここでも、
何も感じなくても構いません。
「感じなければならない」
という努力が、
かえって身体を緊張させることがあります。
最後は必ず「覚醒」する
自律訓練法を終えるときは、
急に立ち上がらないようにします。
まず、
手を軽く握ったり、
開いたりします。
腕をゆっくり動かします。
背伸びをします。
そして、
ゆっくり目を開けます。
これを、
消去動作
と呼びます。
自律訓練法によって、
深くリラックスした状態から、
再び日常の意識へ戻るための大切な動作です。
自律訓練法
自律訓練法は「感じる訓練」である
自律訓練法の最大の特徴は、
何か特別な能力を身につけることではありません。
また、
身体を完全にコントロールすることでもありません。
むしろ、
その反対です。
普段、
私たちは、
身体を動かそうとします。
心をコントロールしようとします。
問題を解決しようとします。
しかし、
自律訓練法では、
まず、
何かを「しよう」とすることを、
少し手放します。
そして、
身体に意識を向けます。
重いだろうか。
温かいだろうか。
呼吸はどうだろうか。
今、身体はどのような状態だろうか。
その答えを、
頭で考えるのではありません。
身体から感じ取ります。
「感じる力」は、一度失われても取り戻せる
現代人は、
考えることに多くの時間を使っています。
仕事のことを考える。
将来のことを考える。
過去のことを考える。
人間関係について考える。
そして、
スマートフォンから、
さらに多くの情報が入ってきます。
脳は、
常に外側へ向かっています。
だからこそ、
意識を、
一度、
自分自身の身体へ戻してみる。
それが、
自律訓練法です。
最初は、
何も感じないかもしれません。
しかし、
それでも構いません。
「何も感じない」
ということも、
一つの大切な気づきだからです。
毎日、
数分間でも、
自分の身体に意識を向ける。
すると、
少しずつ、
これまで気づかなかった変化に気づくことがあります。
肩が緊張していた。
呼吸が浅かった。
手足が冷えていた。
疲れが溜まっていた。
あるいは、
思っていた以上に、
身体がリラックスしていた。
「身体感覚を感じる」ことから始まる
私たちは、
世界を理解するために、
多くの知識を身につけてきました。
しかし、
どれほど多くの知識を持っていても、
自分自身の身体で、
今、
何が起きているのかを感じ取れなければ、
その知識を、
自分の人生に十分に生かすことはできません。
だからこそ、
まず、
感じる。
そのあとで、
考える。
自律訓練法は、
そのための、
一つのシンプルなレッスンなのかもしれません。
身体は、常に何かを語っています。
しかし、その声を聞くためには、まず、静かに耳を傾ける必要があります。
【実践する際の注意】
自律訓練法は一般的なリラクセーション法ですが、強い不安や恐怖感が生じる場合、過去のつらい記憶が強くよみがえる場合、また精神的・身体的な疾患の治療中で不安がある場合は、無理に続けず、医師や専門家に相談してください。また、車の運転中、入浴中、高所など、注意力が必要な状況では行わないようにしましょう。
「自然の中に身を置く」という訓練
都市生活をしていると、
毎日、
山や森へ行くことはできません。
しかし、
大自然の中に行かなければ、
自然を感じられないわけでもありません。
朝、
窓を開ける。
空を見る。
風を感じる。
太陽の光を浴びる。
近くの公園を歩く。
雨の音を聞く。
夜空を見る。
身近な自然に、
意識を向けることはできます。
重要なのは、
自然がないことではなく、
自然に注意を向けているかどうか
なのかもしれません。
同じ場所を歩いていても、
スマートフォンを見ながら歩けば、
周囲の変化には気づきにくくなります。
一方、
数分間だけでも、
スマートフォンをしまい、
周囲を静かに感じてみる。
それだけで、
これまで聞こえなかった音や、
見えていなかった変化に、
気づくことがあります。
涸沢ヒュッテ展望テラス
感性を磨くとは、「特別なものを見ること」ではない
感性が豊かになるというと、
特別な能力を身につけることのように思われるかもしれません。
しかし、
本当に必要なのは、
新しい何かを加えることではないのかもしれません。
むしろ、
私たちの中にすでに存在している、
「感じる力」を、
もう一度使うことです。
忙しさ。
情報。
思考。
先入観。
こうしたものによって覆われている、
身体本来の感覚に、
もう一度耳を傾ける。
空気の変化に気づく。
身体の冷えに気づく。
呼吸の浅さに気づく。
疲れに気づく。
そして、
心の小さな変化にも気づく。
そのためには、
「もっと感じなければならない」
と頑張る必要はありません。
まずは、
ほんの少し、
立ち止まることです。
自然を感じることは、自分自身を感じること
秋になると、
風が変わります。
空気が変わります。
光が変わります。
虫の声が変わります。
そして、
その変化を感じている自分自身の身体も、
同じように変化しています。
外の自然と、
自分自身の身体。
まったく別のもののように見えます。
しかし、
私たちは、
自然の外側に存在しているわけではありません。
自然の中で、
呼吸し、
食べ、
眠り、
季節の変化を受けながら生きています。
だからこそ、
外側の自然を丁寧に感じることは、
自分自身の内側で起きている変化に気づくことにもつながります。
そして、
その第一歩は、
難しいことではありません。
今日は、
いつもより身体が冷えている。
少し疲れが残っている。
眠りが浅くなっている。
食欲が変化している。
気分が沈みやすい。
こうした、
小さな身体と心の変化に気づくこと。
それは、
病気を診断することとは違います。
また、
感じたことだけで、
すべてを判断することでもありません。
しかし、
自分自身の身体と向き合うためには、
とても大切なことです。
情報にあふれ、
常に何かを考え続ける現代だからこそ、
時には、
「考えること」を少し休ませてみる。
そして、
目の前にある自然を感じる。
自分の身体を感じる。
呼吸を感じる。
感じる。
そのあとで、
考えればいいのかもしれません。
「ありのままを観る」とは、特別なものを見ることではない。
思考によって答えを出す前に、まず、今ここで起きていることを丁寧に感じることなのかもしれません。

