Health and self-therapy information
asa health information 8月号 ⑤ 「筋肉は『縮みながら』だけ働くのではない」~筋肉の収縮の種類を知って、運動・日常生活・登山に活かす~
登山というと、
「山を登るためには脚力が必要」
と思われがちです。
確かに登りでは、太ももや臀部、ふくらはぎなどが強く働きます。
しかし、縦走ではもう一つ重要な能力があります。
それが、下りに耐える脚力です。
8月23日(日)の鎌ヶ岳からの下りに距離が長く、急な下りが続く長石尾根を選定し、下りに耐える脚力のトレーニングをしました。
山では、
「下りは登りより楽」
と思われることがあります。
心拍数だけを見れば、確かに急登ほど高くならないことがあります。
しかし、
筋肉への機械的な負荷は別問題です。
下りでは、身体が重力によって前方・下方へ進もうとします。
その身体を、
脚の筋肉がブレーキのように制御します。
ここで重要になるのが、
遠心性収縮
エキセントリック収縮です。
「筋肉を鍛える」
そう聞くと、どんな運動を思い浮かべるでしょうか。
ダンベルを持ち上げる。
スクワットをする。
階段を上る。
どれも、筋肉が力を出して身体を動かしています。
しかし、筋肉の働きは、それだけではありません。
実は筋肉には、
- 縮みながら力を出す。
- 力を出しながら伸ばされる。
- 長さをほとんど変えずに力を出す。
という、少なくとも3つの重要な働き方があります。
そして、この違いを知ると、
「なぜ山の下りで脚が疲れるのか?」
「なぜ翌日に筋肉痛が出るのか?」
「なぜ姿勢を保つだけでも筋肉が疲れるのか?」
といった身体の不思議が、少しずつ見えてきます。
筋肉は「縮む」だけではない
筋肉の基本的な役割は、力を発揮して身体を動かすことです。
しかし、筋肉は単純に、
縮む=働く
だけではありません。
例えば、階段を上るとき。
身体を上へ持ち上げるために、脚の筋肉が縮みながら力を発揮します。
これは分かりやすい筋肉の働きです。
ところが階段を下りるときには、少し違います。
身体は重力によって下へ落ちようとする。
そのままでは「ドン」と落下してしまいます。
そこで脚の筋肉が、
ブレーキ
のように働きます。
筋肉は力を出している。
ところが、筋肉そのものは引き伸ばされている。
これが、
遠心性収縮
です。
そして、動かずに姿勢を支えるときには、
等尺性収縮
が働きます。
筋肉の3つの収縮
① 短縮性収縮 「縮みながら力を出す」
専門的には、
コンセントリック収縮
と呼ばれます。
筋肉が力を発揮しながら短くなります。
例えば、
ダンベルを持ち上げる。
肘を曲げるとき、上腕二頭筋が短くなりながら力を発揮します。
日常生活なら、
-
イスから立ち上がる
-
階段を上る
-
荷物を持ち上げる
-
坂道を上る
などがあります。
つまり短縮性収縮は、
「身体を動かす・持ち上げる力」
と考えると分かりやすいでしょう。
② 遠心性収縮 「力を出しながら伸ばされる」
専門的には、
エキセントリック収縮
と呼ばれます。
これが今回、特に注目したい筋収縮です。
例えば、
ダンベルをゆっくり下ろす。
筋肉は「力を抜いている」のではありません。
むしろ、重力に逆らいながら力を発揮しています。
それでもダンベルが下がっていくため、筋肉は力を出しながら伸ばされています。
これが遠心性収縮です。
① 短縮性収縮 「縮みながら力を出す」 ② 遠心性収縮 「力を出しながら伸ばされる」
山の下りは「遠心性収縮」の連続
今回の御在所岳~鎌ヶ岳の山行でも、
この働きを強く感じたのが鎌ヶ岳から長石尾根を下るとき。
最初は、
「下りだから登りより楽だろう」
と思います。
ところが、下りが長くなるにつれて、
太ももが重くなる。
脚に力が入りにくくなる。
階段のような段差がつらくなる。
そして、
脚がガクガクしてくる。
なぜでしょうか?
身体が重力によって下へ進もうとするのを、脚の筋肉が一歩一歩、
ブレーキをかけながら制御している
からです。
特に太ももの前側にある大腿四頭筋などが、重要な役割を果たします。
つまり山の下りは、
「楽に歩いている」のではなく、
「落下しようとする身体を筋肉で止めながら歩いている」
とも言えるのです。
③ 等尺性収縮 「動かないけれど、力を出している」
専門的には、
アイソメトリック収縮
と呼ばれます。
例えば壁を思い切り押してみます。
壁は動きません。
しかし、
「力を出していない」
わけではありません。
筋肉はしっかり働いています。
これが等尺性収縮です。
日常生活では、
-
重い荷物を持って立っている
-
姿勢を維持する
-
荷物を抱えたまま静止する
-
壁を押す
-
片脚で立つ
-
プランクをする
などで使われます。
登山でも重要です。
岩場で、
「この姿勢を崩さない」
と身体を固定するとき。
次の一歩を出すまで身体を安定させるとき。
足場の悪い場所で姿勢を保つとき。
そこでは等尺性収縮が活躍しています。
あやかさん:プランク お猿さん:腹ばい
つまり、
等尺性収縮=「身体を安定させる力」
と考えると分かりやすいでしょう。
3種類を身近な「階段」で考えてみる
階段を使うだけでも、3種類の収縮が登場します。
階段を上る
脚の筋肉が縮みながら身体を持ち上げる。
↓
短縮性収縮
階段を下りる
脚の筋肉が身体の落下を抑える。
↓
遠心性収縮
階段の途中で止まる
身体をその位置に保つ。
↓
等尺性収縮
つまり、
上る・下る・止まる。
この3つの動作だけでも、3種類の筋収縮が登場します。
階段を上る(短縮性収縮) 階段の途中で止まる(等尺性収縮)階段を下りる(遠心性収縮)
「筋肉痛」はなぜ翌日にやってくるのか?
ここで、もう一つ興味深い現象があります。
それが、
筋肉痛です。
特に、
普段あまりしていない運動
や、
強い遠心性収縮を伴う運動
をすると、
「運動中は大丈夫だったのに、翌日から痛くなってきた」
ということがあります。
これが、
遅発性筋肉痛(DOMS)
です。
筋肉痛は「運動中」ではなく、その後に強くなる
運動によって筋肉に強い負荷がかかると、筋線維や周辺組織に微細な損傷や機械的ストレスが生じます。
すると身体は、その場所で修復・適応のための反応を始めます。
その過程で炎症反応などが起こり、
痛み・張り・動かしにくさ
として感じるようになります。
そのため、
運動直後はそれほど痛くない。
↓
数時間後から違和感が出てくる。
↓
翌日~翌々日に強く感じる。
ということがあります。
一般にDOMSは、運動後24~72時間程度の範囲で現れ、特に慣れていない遠心性運動で起こりやすくなります。
では、筋肉痛=筋肉が壊れたということ?
ここも誤解しやすいところです。
筋肉痛が起きたからといって、
「筋肉が完全に壊れてしまった」
という意味ではありません。
むしろ、身体が受けた刺激に対して、
修復し、適応し、次に備える
過程の一部でもあります。
ただし、
「筋肉痛が強いほど、良いトレーニング」
というわけでもありません。
強すぎる負荷をかければ、回復に時間がかかります。
大切なのは、
適切な刺激 → 回復 → 適応
というサイクルです。
3種類の筋収縮を、それぞれ鍛えてみる
では、実際にはどうすればよいのでしょうか。
短縮性収縮を鍛える
代表的なのが、
スクワットの立ち上がり
です。
腰を落とした状態から、脚の力で身体を持ち上げます。
ほかにも、
-
階段を上る
-
椅子から立つ
-
ヒップリフト
-
坂道を上る
などがあります。
これは、
身体を持ち上げる力
を養います。
遠心性収縮を鍛える
遠心性収縮は、
「ゆっくり動く」
ことがポイントです。
例えばスクワット。
立ち上がることよりも、
3~5秒ほどかけて、ゆっくり腰を下ろす。
これだけでも、下ろす動作で脚の筋肉に遠心性の負荷がかかります。
ほかにも、
-
ゆっくり階段を下りる
-
ステップ台からゆっくり下りる
-
坂道を歩く
-
ゆっくりスクワット
などがあります。
登山をする人にとっては、
「下りに強い脚」
をつくるための重要なトレーニングになります。
ただし、遠心性運動は筋肉痛が出やすいため、最初から大量に行う必要はありません。
少ない回数から始め、身体の反応を見ながら徐々に増やす。
これが基本です。
等尺性収縮を鍛える
等尺性収縮は、
「動かずに姿勢を保つ」
トレーニングが基本です。
代表的なのが、
プランク。
ほかにも、
-
ウォールシット
-
片脚立ち
-
壁押し
-
姿勢保持
などがあります。
これは、
身体を安定させる力
につながります。
登山では、岩場や不安定な足場で身体を安定させる能力にも関係します。
3種類を組み合わせることが大切
ここまで読むと、
「では、どれが一番重要なのか?」
と思うかもしれません。
答えは、
どれか一つではありません。
実際の身体動作では、3種類の収縮が単独で行われるのではなく、
短縮性
+
遠心性
+
等尺性
が連続して、あるいは同時に組み合わさっています。
例えば、椅子から立ち上がる。
身体を安定させる。
脚を伸ばして立ち上がる。
立ったところで姿勢を維持する。
歩き始める。
一歩踏み出す。
着地する。
次の一歩へ移る。
この一連の動作の中で、筋肉は絶えず、
縮み、伸ばされ、止まり、また縮む。
だから筋肉は、単なる「力を出す装置」ではありません。
筋肉は「動かす」だけではない
筋肉には、
動かす力
だけでなく、
止める力
があります。
そして、
安定させる力
もあります。
これは、年齢を重ねるほど重要になります。
例えば、
「歩く速度が遅くなった」
だけでなく、
「階段を下りるのが怖くなった」
「片脚で立つのが不安定になった」
「段差で身体をうまく止められない」
という変化も、身体機能を考えるうえで重要です。
筋肉を鍛えるというと、
「重いものを持ち上げる」
ことばかりに目が向きます。
しかし、日常生活で本当に必要なのは、
持ち上げる力だけではありません。
「下りる力」は、人生にも必要になる
登山では、
登る力
に注目しがちです。
しかし、実際には、
下りる力
も同じくらい重要です。
これは日常生活でも同じです。
階段を上る。
↓
身体を持ち上げる。
階段を下りる。
↓
身体の落下を制御する。
そして、
階段の途中で止まる。
↓
身体を安定させる。
この3つが安全にできてこそ、
「動ける身体」
と言えます。
今回の御在所岳~鎌ヶ岳で感じたこと
今回の山行では、
御在所岳から鎌ヶ岳へ進み、
最後に長石尾根を長く下りました。
登りでは、
身体を上へ運ぶ力。
岩場では、
身体を安定させる力。
そして長い下りでは、
身体を落下させないためのブレーキ。
つまり、
- 短縮性収縮
- 遠心性収縮
- 等尺性収縮
のすべてを使っていたことになります。
特に長石尾根の下りで脚が疲れていく感覚は、
単純に「歩き疲れた」のではありません。
一歩一歩、
筋肉が身体を減速させ続けていた
と考えると、その感覚の意味が見えてきます。
筋肉を知ると、身体の使い方が変わる
筋肉の収縮を知ると、
「トレーニング」という言葉の意味も変わってきます。
筋肉を大きくするだけではない。
重いものを持てるようにするだけでもない。
動かす。
止める。
支える。
減速する。
姿勢を保つ。
そして、
疲れても身体をコントロールする。
これらすべてが筋肉の仕事です。
おわりに 筋肉は「縮む」だけで、身体を守っているのではない
筋肉には、
短縮性収縮
縮みながら、身体を動かす。
遠心性収縮
力を出しながら、身体を減速させる。
等尺性収縮
動かずに、身体を安定させる。
という3つの重要な働きがあります。
山を登る。
山を下る。
岩場で身体を止める。
階段を上る。
階段を下りる。
荷物を持つ。
姿勢を維持する。
こうした一見当たり前の動作の中で、筋肉は絶えずこの3つの働きを使い分けています。
だから、
筋肉を鍛えるとは、単に「縮む力」を鍛えることではない。
- 動かす力。
- 減速する力。
- 支える力。
そのすべてを育てることです。
山を歩くことは、身体を鍛えること。
そして同時に、
身体がどのように働いているのかを知ること
でもあります。
筋肉の「3つの収縮」を知ることは、
より安全に、より効率的に、そしてより長く身体を動かすための基礎知識
になります。
【今回のポイント】
① 短縮性収縮=動かす力
筋肉が短くなりながら力を発揮。
② 遠心性収縮=減速する力
力を発揮しながら筋肉が伸ばされる。山の下りで特に重要。
③ 等尺性収縮=支える力
筋肉の長さをほぼ変えずに姿勢を安定させる。
④ 筋肉痛は特に慣れていない遠心性運動で起こりやすい。
⑤ 筋肉を鍛えるときは「動かす・下ろす・止める」の3方向から考える。
⑥ 登山にも日常生活にも、3種類の筋収縮が必要。
筋肉は、縮むだけではない。
伸ばされながら、そして動かないままでも、身体を支えている。
それを知るだけでも、普段の「歩く」「立つ」「下りる」という何気ない動作が、少し違って見えてきます。



