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【真実を観る眼力181 人類意識の進化 ~宇宙秩序に学ぶ認識革命~ 第16話 「意識は、どこから来たのか?」 【後編】
第十一章 宇宙は、自分自身を知ろうとしているのか?
ここで、
「死後も意識が残るのか?」
という問いから、もう一度、
「意識はどこから来たのか?」
という最初の問いへ戻ってみましょう。
生命が生まれました。
生命は、環境を感じるようになりました。
より複雑な生命は、学習し、記憶し、判断するようになりました。
そして人間は、
自分自身について考えるようになりました。
さらに人間は、
宇宙について考え始めました。
夜空を見上げ、
星を調べ、
銀河を観測し、
生命の起源を考え、
そして今、
意識そのものを研究しています。
ここには、とても興味深い見方があります。
「宇宙の中から生まれた生命が、意識を持つようになり、その意識によって宇宙を見つめている。」
私たちは宇宙の外側から宇宙を見ているわけではありません。
私たち自身が、
宇宙の一部です。
だから少し詩的に表現するなら、
「宇宙が、自分自身を見つめている」
と言うこともできます。
ただし、これは、
「宇宙そのものに人間のような意思がある」
という科学的主張ではありません。
あくまで、
人間と宇宙の関係を考えるための哲学的な表現
です。
星空を見つめるあやかさんとクマ、未確認飛行物体を見つけたサル
第十二章 「意識はどこから来たのか?」
~現時点で分かっていること~
ここまで来たところで、最初の問いに戻りましょう。
意識は、どこから来たのでしょうか?
現時点で私たちが比較的確実に言えることを整理してみます。
一つ目
脳と意識には、非常に強い関係があります。
脳の状態が変化すると、意識や知覚、記憶、感情も大きく変化します。
二つ目
しかし、
脳内の情報処理が、なぜ主観的経験になるのか
という問題は、まだ完全には解決されていません。
三つ目
人間以外の動物についても、
意識や感覚経験を示唆する証拠
が広がっています。
四つ目
植物には高度な情報処理や環境への反応があります。
しかし、
それを人間と同じ意味で、
「主観的経験」と呼べるのか
は、まだ分かりません。
五つ目
物質そのものに、人間のような意識があるという証拠はありません。
しかし、
「意識とはそもそも何なのか」
が完全には解明されていないため、
自然界の最も基本的なレベルに「経験性」のようなものを考える哲学も存在します。
それが、
汎心論
です。
六つ目
そして、死という問題があります。
現在の科学では、
人間の意識が肉体の死後も存続することは証明されていません。
しかし同時に、
意識そのものが何であり、なぜ存在するのかについても、科学はまだ完全な答えを持っていません。
この二つは、同時に成立します。
ここを混同してはいけません。
第十三章 「答え」よりも、「問い方」が変わった
最初、私たちは、
「意識は脳から生まれるのか?」
と考えていました。
しかし、ここまで考えてくると、
問いそのものが変わってきます。
脳とは何なのか。
生命とは何なのか。
経験とは何なのか。
「感じる」とは、どういうことなのか。
動物にも主観的経験があるのか。
植物にも何らかの内的状態があるのか。
物質そのものに「経験性」と呼べるものがあるのか。
そして、
意識と宇宙は、どのような関係にあるのか?
さらに、
死によって意識は本当に終わるのか?
こうして、
一つの問いが、
次の問いを生み出します。
これは、答えが出ていないという意味だけではありません。
むしろ、
問いそのものが深くなっている
のです。
第十四章 「意識を持つ生命」は、どのように生まれたのか?
ここで、もう一段階、問いを深くしてみましょう。
そもそも、
生命は、どのようにして「感じる存在」になったのでしょうか?
最初の生命は、
環境から物質を取り込み、
エネルギーを利用し、
自分を維持し、
増殖していったと考えられます。
やがて生命は、
光を感じ、
温度を感じ、
化学物質を感じ、
危険を避け、
栄養を求めるようになりました。
さらに神経系を持つ生命では、
情報を統合し、
記憶し、
学習し、
環境に応じて行動を変える能力が発達していきます。
そして人間では、
「自分が感じている」
ということそのものを、
自分自身が考えられるようになりました。
ここに、
一つの大きな進化があります。
それは、
「環境を感じる生命」から、
「自分が感じていることを認識する生命」への変化
です。
そして人間は、
さらにその先へ進み、
「意識とは何なのか?」
と問い始めました。
つまり、
宇宙の中で生命が進化し、
その生命から意識が現れ、
その意識が、
自分自身の起源を問い始めた
のです。
ここには、非常に興味深い循環があります。
第十五章 意識は、これから進化するのか?
もし生命が進化してきたように、
意識にも変化や発達があるとしたら、
次の問いが生まれます。
「意識そのものも進化していくのでしょうか?」
もちろん、
「意識が進化する」という言葉を、
生物学的進化と同じ意味で使うことはできません。
ここで言う意識の進化とは、
認識の広がり、自己理解の深化、他者への共感、そして世界との関係性の変化
という意味で考えてみます。
たとえば、
自分の利益だけを考える意識から、
家族を考える意識へ。
家族だけではなく、
社会を考える意識へ。
さらに、
人類全体を考える意識へ。
そして、
地球という生命圏全体を考える意識へ。
このように、
「私」の範囲が広がっていくことも、
意識の進化の一つの形として考えられるのではないでしょうか。
第十六章 意識は、まだ「謎」の中にある
「意識は脳から生まれるのか?」
この問いに対して、
現時点では、
「脳は意識にとって決定的に重要である」
とは言えます。
しかし、
「だから意識のすべてが説明された」
とは言えません。
なぜ、
神経活動が、
「私」という経験になるのでしょうか?
なぜ、
世界は単なる情報ではなく、
「感じられる世界」
として現れるのでしょうか?
生命のどの段階から、
その「感じる世界」が始まったのでしょうか?
そして、
死を迎えたとき、
その「私」は、
本当に完全に消えるのでしょうか?
まだ、
完全な答えはありません。
だからこそ、
第16話の結論を、
一つの断定にする必要はありません。
むしろ、
「分からない」という場所まで来たことそのものを、
人類の認識の進歩として捉えることができます。
【エピローグ】 「分からない」と言えることも、真実を観る眼力である
意識がどこから来たのか。
そして、
どこへ行くのか。
私たちは、
まだ知りません。
しかし、
「分からない」という場所まで来たこと自体が、
人類の認識にとって大きな進歩
なのかもしれません。
なぜなら、
意識を当然のものとしていた人間が、
初めて、
「そもそも、意識とは何なのか?」
と問い始めたからです。
そして、その問いは人間だけに向けられたものではありません。
動物は、
何を感じているのでしょうか?
植物は、
何を経験しているのでしょうか?
生命とは、
そもそも何なのでしょうか?
物質と意識は、
本当に完全に別のものなのでしょうか?
死とは、
意識の完全な終わりなのでしょうか?
それとも、
私たちがまだ理解していない、
何らかの変化なのでしょうか?
そして、
私たちが宇宙を見つめているとき、
その「見る」という行為そのものは、
宇宙の中で、
どのように生まれたのでしょうか?
第16話の最後に残す問い
ここまで来ると、
次の問いは自然に浮かび上がります。
もし、
意識が生命とともに進化してきたのだとしたら――
では、意識そのものも進化していくのでしょうか?
そして、
人間はこれから、
どのような意識へ向かっていくのでしょうか。
競争する意識から、
共生する意識へ。
分離する意識から、
つながりを理解する意識へ。
「自分だけ」の意識から、
「私たち」の意識へ。
そして最後には、
人類は、
自分自身の意識を、
自ら理解し、
自ら育てることが、
できるのでしょうか?
ここから、
「人類意識の進化」というテーマは、
「意識の起源」から「意識の未来」へ
と向きを変えていきます。
次の扉 「人類の意識は、これからどこへ向かうのか?」
その問いが、
次の物語への扉になります。
そして、
第16話で私たちがたどり着いた場所は、
「意識には答えがない」という場所ではありません。
むしろ、
「意識という最大の謎を、
自分自身の問題として認識できるところまで、
人類の認識が進んできた」
という場所なのです。
それこそが、
「真実を観る眼力」
の次なる一歩なのかもしれません。
