Health and self-therapy information
asa Health Information 2026.3月号 「真面(まとも)な人」…「間ともな人」 ②
「間を作る人」 と
「間そのものになる人」
は 意識の段階が違います。
1 「間を作る人」
これは多くの人が実践している段階です。
意識的に
- 呼吸を整える
- 反応を止める
- 観察する
ことで 間を生みます。
流れはこうです。
刺激
↓
意識的に止める
↓
『間』
↓
反応
つまり
技術として間を作る
状態です。
武道では
- 呼吸を整える
- 重心を下げる
- 心を落ち着ける
などで間を作ります。
これはとても大切な段階です。
しかしまだ
努力して「作っている間」
です。
2 「間そのものになる人」
ここからが次の段階です。
この人は
間を作ろうとしません。
なぜなら
身体・意識・場が最初から整っているからです。
つまり、
刺激
↓
静けさ
↓
自然な行動
になります。
途中に
「止める努力」
がありません。
3 なぜそうなるのか
理由は
神経系が安定している
からです。
この状態では
- 呼吸が自然に深い
- 視野が広い
- 身体の緊張が少ない
ため、
脳の反応回路が暴走しません。
つまり、
身体が静か
↓
神経系が安定
↓
意識が静か
↓
反応しない
になります。
これが
間そのもの
です。
4 弓道での例
弓道でも同じ段階があります。
(初心者)
呼吸を整える
↓
狙いをつける
↓
離す
意識して操作します。
しかし熟練者は
身体が整う
↓
弓が開く
↓
自然に離れる
と言います。
これを、
離れは自然に出る
と表現します。
つまり、
技を出すのではなく
技が現れる
状態です。
5 「無為自然」道教との関係
意味は、
「作為がない自然な働き」
です。
作為が消えると
宇宙の原理(秩序)が現れます。
日本的な表現でいえば、
「作為がない自然な働き」=宇宙の原理の働くための、
- 場
- 空間
- 状態
が『間』です。
作為が入る前にある
例えば、
- 思考の前
- 意図の前
- 行動の前
にある「未分化」にとどまる
=『間にとどまる』と、
自然=(無為)に
- 動きが生まれ
- 技が生まれ
ます。
この状態に在る(意図、作為、思考の前にある)ことを
道教では「道」
日本では「間」
と表現します。
共に宇宙の原理(秩序)を通すための
- 場
- 空間
- ゼロ
- 状態が
「道」
「間」
です。
「間そのものになる人」とは
意図、作為が自然に消え(無為自然)、
この状態が保たれています。
すると、
宇宙・自然の秩序が自ずと現れ
存在そのものが静か(宇宙の秩序)
になります。
6 場に与える影響
「間そのものになる人」がいると
周囲の場も変わります。
なぜなら
人間は無意識に
- 呼吸
- 姿勢
- 神経状態
を共鳴させるからです。
つまり、
その人の静けさ
↓
周囲の神経系が安定
↓
場が落ち着く
になります。
これが
『場の間』
です。
7 まとめ
「間を作る人」
- 意識して止める
- 努力して整える
- 技術としての間
「間そのものになる人」
- 身体が整っている
- 意識が静か
- 自然に間がある
💡最も本質的な理解
本当の「間」は
作るものではなく
現れるもの
です。
- 身体
- 呼吸
- 意識
が整うと、
刺激
↓
静かな空間
↓
行動
この空間が
自然に存在します。
その状態の人を
「間そのものの人」
と言います。
「間そのものの人」とは、
宇宙の秩序と同化
している人です。
同化
