Health and self-therapy information

2026-02-18 18:45:00

真実を観る眼力 104  肉体とは、 波動とは、 体現とは、 存在とは ⑥ まとめ

人は無意識に周囲のリズムに影響を受けます。

呼吸や心拍が安定している人のそばでは、人は安心しやすくなります。

平和は思想からではなく、身体の安定から始まります。

その安定が人間関係を通じて広がると、社会の緊張が少しずつ下がります。

 

整った人は

ただ、

・反応しない

・恐れで動かない

・分断を増やさない

この在り方が、 周囲の神経系を落ち着かせています。

 

そして、

同調(共鳴)する人々との神経系の連鎖により

行動が変わり、

文化を変え、

それが

臨界点を突破すると、

安定の連鎖が一気に広がり、

社会的構造に変化をもたらします。

 

整った人はただ、

目の前の一人を安心させているだけです。

その積み重ねが、

社会を穏やかにしています。

 

社会問題の多くは、

恐れ

欠乏

防衛

分断

から生まれています。

整った人は、

この「恐れの連鎖」を止めます。

それが寄与です。

 

真の寄与は、

世界を背負うことではありません。

恐れを増やさないこと、

分断を増やさないこと、

反応の連鎖を止めること、

です。

 

整った存在は、

無意識のうちに

周囲の神経系の暴走を鎮める

「安全という基準」を更新します。

 

世界、地球への寄与は

意図しないほど深くなります。

「世界を変えたい」という強い意図は、

緊張を生み、

それは周囲にも伝わります。

本当に強い寄与は、

変えようとしていない人、

ただ整っている人から生まれます。

 

なぜなら、

整っている人は

力みがないからです。

力みのない安定は、

最も自然で持続可能な寄与です。

本当に安定した人は、

社会に持続的影響を与えています。

 

まとめ

人類や社会を平和に導く在り方とは:

  • 呼吸が深い
  • 心拍が安定している
  • 反応に飲み込まれない
  • 敵を作らない
  • 影響を目的にしない

この状態を保つ人は、

知らぬ間に

安心の基準点

になります。

 

そして基準点は、

ネットワークを通じて広がります。

 

新しい秩序は、

支配や統制ではなく、

反応の少なさ

判断の柔軟さ

恐れに駆動されない選択

敵を作らない姿勢

が自然に増える社会です。

 

それは静かに始まります。

 一人の呼吸から。

 

 

間の歩行 エクササイズ

■ 完全コヒーレンス歩行の本質
歩き方の核心:
「自分が歩く」のではなく
「重力の中で倒れ、それを静かに回収する」
筋力主導ではなく、
重力主導の歩行です。
【STEP 1】立位の整え(ここが9割)
歩く前に整っていなければ、歩行も整いません。
① 足
足裏3点(母趾球・小趾球・かかと)に均等
指は握らない
② 膝
伸ばし切らない(1~2%緩める)
③ 骨盤
立てる(反らない・丸めない)
股関節の上に胴体が乗る
④ 背骨
S字は自然のまま
伸ばさない
⑤ 頭
頭頂がふわっと上
顎は引かない
⑥ 呼吸
まず3呼吸、腹部深部まで入れる
この時点で
✔ 心拍が落ち着く
✔ 目が柔らかい
✔ 肩の力が抜けている
これがコヒーレンスの入口です。
【STEP 2】前進の始まり
ここが重要です。
「脚を出さない」
代わりに、
✔ 足首から1〜2度だけ前に倒れる
✔ 腰からではなく、全体が板のように微傾
すると、
重力で倒れ始めます。
倒れそうになる瞬間、
前脚が“自然に出る”。
出そうとしない。
【STEP 3】支持脚の条件
踏み込んだ脚は:
✔ 地面を押さない
✔ 反発を使わない
✔ 頭〜骨盤〜かかとがほぼ一直線(重心線が通る)
※完全直線ではなく「重心が乗っている」感覚。
【STEP 4】上半身
ここでよく誤解が起きます。
✔ 背骨は捻ろうとしない
✔ でも自然な微回旋は止めない
✔ 肩は操作しない
✔ 腕は振らない(結果として少し動く)
コントロールを減らすほど、コヒーレンスは上がります。
【STEP 5】呼吸との一致
歩幅よりも大事なのは:
呼吸が乱れないこと。
理想:
吸気2〜3歩
呼気3〜4歩
無理に合わせない。
呼吸が浅くなるなら、速すぎます。
■ コヒーレンス歩行のチェックポイント
歩きながら確認:
□ 足音が静か
□ 上下動が少ない
□ 顔が柔らかい
□ 思考が静か
□ 目が広く見える
□ 急ぎがない
どれかが崩れたら、
一度止まって再セット。
■ 「間」の歩行とは何か
間の歩行とは、
次の一歩を急がない歩行。
✔ 体重が完全に乗ってから動く
✔ 地面に預ける
✔ 足が出るのを待てる
「行く」のではなく、
「流れる」。

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