Health and self-therapy information
真実を観る眼力 96 人生の選択⑦ 「間」と「行為」が両立する状態とは
「間」とは、選択を正すための装置ではない。
宇宙と共鳴する周波数そのものを
一時的に“ゼロ化”する場である。
『間に耐える身体の状態』
「間に耐える身体」とは、
何も起きていない状態に
“落ち着いて居られる身体”です。
これは精神力でも意志力でもありません。
生理的に成立している状態です。
1.なぜ多くの身体は「間」に耐えられないのか
「間」に入ると、次が起きます。
✔ 刺激が消える
✔ 役割が消える
✔ 正しさが消える
✔ 価値判断が消える
すると身体は、
✔ 危険だ
✔ 無になる
✔存在が消える
と原始的に誤認します。
このとき、
✔ 呼吸が止まる
✔ 心拍が上がる
✔ 筋緊張が増す
👉 間を「脅威」と感じる身体になります。
これが
「間に耐えられない身体」です。
2.間に耐える身体の5つの条件
① 呼吸が「止まらない」
間に耐える身体は、
何もしていなくても
吸おうとしなくても
呼吸が勝手に続く
特に、
吐く息が長い
吸気は反射的
これは副交感神経優位のサインです。
② 骨格で立っている
間に耐えられない身体は、 筋肉で姿勢を保持しています。
間に耐える身体は、
- 足裏
- 骨盤
- 背骨
骨で重さを預けている
👉 支えようとしない
③ 視野が広い
✔ 一点凝視 → 思考再起動
👀視野拡大 → 反応沈静
間に耐える身体では、
- 周辺視野が自然に開く
- ぼんやり見えている
④ 内臓が「下がっている」
緊張すると、
✔ 横隔膜が上がり
✔ 内臓が持ち上がり
間が壊れます。
耐えられる身体では、
- 下腹が柔らかい
- みぞおちが凹まない
⑤ 「何もしないこと」への抵抗が少ない(最も重要)
- すぐ意味を求めない
- 価値を作らない
- 判断を急がない
身体レベルで
- 静寂を異常と感じない
3.間に耐えられるかの自己チェック
- 椅子に座る
- 30秒、何も考えず
- 呼吸も姿勢も調整しない
このとき、
✔ ソワソワする
✔ 早く終わらせたくなる
✔ 身体を動かしたくなる
なら、まだ耐性は弱い。
逆に、
- 時間感覚が薄れる
- 身体が重くなる
- 呼吸音が遠のく
なら、耐性が育っています。
4.間に耐える身体を育てるレッスン
実践①「吐いて、何もしない」
- 息を吐き切る
- その後、何もしない
- 吸おうとしない
- 吸気が勝手に来るのを待つ
ここが「間」です。
怖さが出ても、
評価しない。
実践②「足裏に落ちる」
- 立ったまま
- 足裏全面に体重
- 踵も指も均等
- 体重を預けるだけ。
実践③「視野を溶かす」
- 焦点を外す
- 見ているが見ていない
これは非常に強力です。
5.間に耐えられるようになると起きる変化
- 刺激が減る
- 欲が薄くなる
- 怒りが短くなる
- 選択が減る
「良くなる」というより、余計な選択が起きなくなる
6. 核心
「間に耐える身体」とは、
何も起きていない状態を
“欠乏”と誤認しない身体。
そして間に耐えられる身体ができてくると
間が保たれ、
身体の軸から自然とにじみ出る行為(動き)が体現できるようになり、
「間と行為が両立する状態」になってきます。
『間と行為が両立する状態』とは
行為が起きているのに、
行為者が前に出ていない状態です。
これは比喩ではなく、実際に体験される生理的・意識的状態です。
① 多くの人が誤解している対立構造
一般にはこう考えられています。
- 間=止まる・何もしない
- 行為=動く・関与する
だから、
動いた瞬間に間は壊れる
と思われがちです。
本当の構造は
- 間は「停止」ではない
- 行為は「反応」ではない
② 間が壊れる行為/壊れない行為
✅間が壊れる行為
✔ 正しさを証明しようとする
✔ 得ようとする
✔ 避けようとする
✔ 自分を守ろうとする
これらはすべて
👉 自己像が行為を駆動している
この瞬間、間は消えます。
✅ 間が壊れない行為
✔ 気づいたら身体が動いている
✔ 遅すぎず早すぎない
終わったあと余韻が残らない
ここでは、
行為は起きているが
「私がやった」という感覚が薄い
③ 構造を一言で言うと
間は背景、
行為は前景。
背景が消えないまま、前景が動いている状態。
音楽で言えば、無音が消えずに一音だけ鳴っては消える
その繰り返しです。
④ 生理学的に何が起きているか(重要)
間と行為が両立している時、
前頭前野(思考)は過剰に活動しない
扁桃体(感情)は静か
小脳・体性感覚野(感覚)が主導
つまり、
考えて動くのではなく、
感覚に導かれて動いている
⑤「間が保たれた行為」とは
「身体の軸に静止」があり、
そこから「動きが“滲み出る”行為」であり、
それは秩序とコヒーレンスが自然に整った行為
となります。
⑥「静止した中心」=「身体の軸に静止」とは
静止=止まっている、ではありません
ここで言う静止とは、
✔ 動こうとしていない
✔ 反応で引っ張られていない
✔ どちらにも傾いていない
という 偏りのない状態です。
「静止した中心」とは意識の軸であり、
それを肉体で体現したものが「身体の軸(体幹)」です。
例えるなら、コマが高速回転しているとき芯だけは静かに一点に留まっている
👉 動きの中にある静止
これが「静止した中心」です。
⑦ 「意識の軸」と「身体の軸」の関係
✅ 意識の軸
- 判断以前
- 反応以前
- 「在る」だけのポジション
✅ 身体の軸(体幹)
👭頭頂〜骨盤〜足裏を貫く重心線
力を入れなくても立っていられるライン
この二つは別物ではありません。
👉 意識の軸が定まると、
身体は勝手に軸を取り戻す
逆に、
👉 身体の軸に戻ると、
意識も中心に戻る
双方向です。
⑧「滲み出る行為」とはどういう行為か
❌ 軸がない動き
✔ 末端主導(手・口・頭が先に出る)
✔ 速いが雑
✔ 説明・正当化が多い
⭕ 軸から滲む動き
- 小さいが的確
- 無理がない
- 動いた後、場が静まる
これは、「動こう」として動いたのではなく動きが中心から立ち上がったという感覚です。
⑨ 間と行為を両立させるために身体軸を常に意識する必要はあるか?
👉 NO
なぜなら、
✔ 意識し続けること自体が緊張になる
✔ 軸を「作ろう」とするほどズレる
正しいスタンスはこれです
- ズレたら戻る
- 失ったら思い出す
- 保とうとしない
👉 軸は“在るもの”で、維持するものではない
⑩ 「間と行為の両立」と秩序・コヒーレンスとの関係
「間」と「軸」が両立している行為は、
- 身体内部で力がぶつからない
- 意識が一点に散らばらない
- 行為と結果が乖離しない
これはまさに、
コヒーレンス(整合・位相が揃った状態)です。
そしてこの整合は、
- 個人の身体
- 対人関係
- 場の空気
へと自然に伝播します。
👉 秩序は作られず、波及する
まとめ
「間と行為が両立する状態」とは、
「静止した中心から、動きが自然に滲み出る状態」です。
つまり、
「間がある行為」は、
「身体の軸に静止」があり、
そこから必要な動きだけが
「自然に滲み出る行為」です。
ここに到達すると、
正しく選ぼうとしなくなる
善悪で迷わなくなる
それでも調和は外れない
これは能力ではなく、
身体が思い出した本来の状態です。
それは無理がなく、
秩序とコヒーレンスがすでに整った状態の現れです。
(重要な補足)
この在り方は、
特別な修行の結果ではなく
習得する技術でもなく
誰もが元々知っていた状態です。
思い出すたびに
人は静かに進化しています。




