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真実を観る眼力 92 人生の選択③ 「間」とは何か?
『正しく選択するために、反応が持ち上がった瞬間に間を入れる、「間」とは』
「間」とは、正しく選択するために必要な、反応に即座に従わない為の中断・保留・非反応の体現であるのですが、個々の人間力により「間」を体現する能力にも違いが生じ、結局のところ自分と共鳴するものを選択してしまうのでは?という疑問が生じます。
『なぜ人は邪悪に惹かれ「悪いものを選び続ける」のか』
間に入ると、
- 空虚
- 無価値感
- 不安
- 自我の溶解感
が一時的に現れます。
多くの人はこれを
「悪い感じ」
「危険」と誤認し、
慣れた共鳴(たとえ苦でも)に戻りたがります。
この世界は、共鳴(共鳴したものが引きつけあう世界)により生じる現象世界であるがため、
結果、「間に“耐えられない”」で、同じもの(自分と共鳴するもの)を選び続けてしまうからです。
👉 人は“善悪”ではなく、“慣れ”に共鳴する
『共鳴は「何かを選ぶ前」にすでに起きている』
多くの人が見落としている点。
共鳴は、
- 選択の瞬間
- 判断の場面
で起きているのではありません。
もっと前です。
自身の、
- 身体の緊張度
- 呼吸の浅さ
- 視野の狭さ
- 内的語りの質
これらがすでに「どの世界と共鳴するか」を決めています。
つまり、
共鳴は自分自身の“存在の姿勢”(存在のあり方)そのものであり、
意志決定(選択)ではないということです。
『「間」に入った瞬間、共鳴は停止する』
ここが核心です。
🌟真に体現された「間」では、
- 欲望が止まる
- 恐れが止まる
- 自己像が止まる
=共鳴のアンテナ自体が一時的にオフになる
この状態では、
✔善悪を選んでいない
✔良し悪しを判断していない
にもかかわらず、
以前なら“自然に惹かれていたもの”に
まったく引力を感じなくなる
という現象が起きます。
これは幻想ではありません。
『間=見極めではない』
多くの人がこう考えます。
反応が起きる
間を入れる
正しい/間違いを見極める
しかしこれは思考構造としては誤りです。
なぜなら、
正邪
善悪
正誤
良否
これらはすべて
👉 観念・概念・社会的文脈の産物、だからです。
この識別が始まった瞬間、
すでに脳の評価回路が再起動しています。
つまり、
識別で見極めようとした時点で
すでに「反応」に戻っているのです。
「間」とは識別能力ではありません。
識別が始まる前に成立している“空白の位相”です。
『真の「間」とは何か』
真の「間」とは、
- 判断しない
- 比較しない
- 正当化しない
- 意味づけしない
何もしていない状態です。
しかしこれは、
✔ ぼーっとする
✔ 無責任になる
ことではありません。
むしろ、
感覚だけが澄んで残っている状態です。
「間」とは選択を“良くする技術”ではありません。
「共鳴構造そのものを変質させる状態」であるです。
『なぜ人によって「見極め力」に差が出るのか?』
差があるように見える理由は3つあります。
① 間に「留まれる時間」の差
多くの人は、
0.2秒で思考が再起動
快・不快で即決
一方、熟練者は、
数秒〜数十秒
無判断のまま留まれる
👉 留まれる長さ=見極めの深さ
② 身体の緊張度の差
身体が緊張していると、
脳幹優位
防衛反射優位
となり、「間」が潰れます。
👉緩んだ身体ほど 「間」が自然に広がる
③ 同一化の癖の差
「私は正しい」
「私は損をしたくない」
「私は善人でありたい」
👉これらへの同一化が強いほど、 間は一瞬で消えます。
④ 識別能力は「後段」に現れる
重要な順序はこうです。
✅ 反応が立ち上がる
✅ 間が生まれる(非反応)
✅ その後で必要最低限の識別が起きる
つまり、
正邪善悪を見極める力は
間に入ることで“自動的に整列する”
鍛えるものではなく、 邪魔を取り除くことで自然に現れる
『身体で体現する「間の保持」実践』
実践①「足裏に間を落とす」
反応が出た瞬間、
✅ 視線を下げる
✅ 両足の土踏まずに体重を均等に乗せる
✅ 足指を微かに開く
これで、
頭部評価回路が沈み
身体感覚が前景化
👉 「間」が自然発生します。
実践②「呼吸で間を拡張」
✅ 吐く:7
✅ 止める:1
✅ 吸う:自然
止める1が重要です。
ここが「間」です。
『「間」の見極めが「正しい」と感じられるサイン』
正しい見極めは、
✔ 納得感ではない
✔ 高揚でもない
✔ 勝った感じでもない
代わりに、
- 静か
- 余韻が残らない
- 後悔が生まれにくい
身体的には、
- 首が前に出ない
- 下腹が温かい
- 肩が下がる
交感神経優位から副交感神経優位となるからです。
『善悪判断を手放した先に残るもの』
善悪を手放すと、無秩序になるわけではありません。
むしろ、
その場に最も摩擦の少ない行為
が自然に選ばれます。
これは道徳ではなく調和です。
『まとめ(核心)』
🟥「間」とは、正しさを探す空白ではない。
🟥 正しさが“歪まずに現れる余地”である。
🟥 人による差は、 能力差ではなく滞在時間差(間に留まる)。
